短編小説

□死んだら終り
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嫌だ、嫌だ。嫌だ!嫌だ!!
切に願いながら、春は全力で走る。街の到るところで火の手が上がり、先の襲撃の規模の大きさを物語っている。しかし、その襲撃者ももうどこにもいない。彼が全て一手に引き受け何処かへ連れていったからだ。戦い、身を削り、傷付き、それでもみんなを守るため。そして最後には…。


英雄の背中


道路の真ん中を走っていても文句を言う人はいなかった。春は薙ぎ倒された木を飛び越え、砕けたコンクリートを避け、横転した沢山の車をすり抜け、なお前を向いて走っていた。陸上で鍛えた体をフルに活用し、ひたすら走る。彼の言っていた言葉が頭に木霊する。
──コイツラはこの世界の生き物じゃない。
──おれが連れてきてしまった。
──いるべき場所に戻さなければ。
──また会えたらいいな。
せっかくまた会えたのに、別れるなんて…。

走りついた先は、土手にある大きなスポーツ公園だった。この土手を越えれば彼がいる。そう思い、春は張り裂けそうな肺に鞭打ってラストスパートをかけた。そのとき草むらから腕が伸びてきて春を引きずり込んだ。
もう少しで悲鳴をあげるところで、腕の主がシーと人指し指をたて唇に当てた。コウだった。
「この先は怪物でいっぱいだ。立ち入り禁止だよ」
額から血を流し、苦しそうに息をしながらも微かに笑みを浮かべコウは言った。
「帰りな。お別れは言ったつもりだったんだけどな。」
草むらから顔を出し、辺りの安全を確認すると、ほら早くと春の背中を押す。
「一緒に…、帰ろう…」
春は苦しそうに言った。
「みんな、夏に、行ってほしくないと、思ってる。何処にも行ってほしくない」
春はコウの目をしっかり見据えた。だんだん息も整ってきたが胸のドキドキは押さえられなかった。言葉の選択を間違えれば説得は失敗。コウはいなくなってしまう。クラスのみんなが春に託しコウを追い掛けさせた。春もみんなもコウにいなくなってほしくなかった。
先に目をそらしたのはコウだった。
「…土手の向こうでは、大規模な魔術が展開してる。終れば少しの間、“道”が開き、おれはそれを使い、向こうへ怪物を追いやる。そして…」
「そしたら、向こうに残って、こっちには帰ってこないの!?」
コウは黙り込み下を向いてしまう。春は悲鳴に近い叫びで訴える。
「そんなの嫌だよ!またいなくなるなんて!みんなもそう思ってる!どうして私たちと一緒にいる未来を考えてくれないの!?」
春は瞳から熱いものが流れるのを感じた。
「全部話してくれたとき言ってたよね!もう戻れなくなるかもしれないって!生きてても、一生会えなかったら死ぬのと同じだよ!みんなにあんなに“生”について教えてくれたのに!自分で否定するなんて!」
コウはまた春の目をみていた。
「もうすぐ夏休みだよ!それが終ったら文化祭も、体育祭もある!またみんなで馬鹿騒ぎしようよ!遊ぼうよ!まだまだたくさんしたいことがあるのに…」
最後は言葉にならなかった。涙が言葉を詰まらせた。それはコウの目にどんなにも揺るぎない決意を見付けたからだった。私の言葉は彼に届かない。そう思ったとき涙が堰を切ったように溢れだした。
「ごめん…」
「あ、やまるくらいなら…」
春はもうコウの目がみれなかった。
「小さいときから、劣等感があった。みんなより、負けてるってね。何事においてもだ。」
だけど…、と言葉を続ける。
「だけど、やっと、自信が持てることができるようになったんだ。自分にしか出来ないことなんだ。世界を守ること。君達を守ること。とても素敵なことだと思わないか」
コウは諭すように、優しく、春に語り掛けた。春はしきりに首を横に振った。

「だから、おれにできることを全力でやらせてくれ。たしかにみんなと過す時間の方が素晴らしいに決まってる。だけどそれじゃ駄目なんだ。素晴らしい生活を壊そうとしてる奴が向こうにいるんだ。……おれがいかなきゃ。……みんなを守らせてくれ、おれに。」
春は膝から座り込こんで、顔を手で覆った。嗚咽がもれた。コウはしゃがみ込み春の頭を撫でた。
「戻ってこれてよかった。みんなに会えてよかった。何より君に会えてよかった。忘れられない、一生の思い出だよ………ありがとう」
コウはゆっくり春を抱き締めた。優しく、甘い包容だった。
春は泣きながらも嬉しさを感じた。コウの背に腕を回して抱き締め返した。が、その手がコウの背を掴むことはなかった。

「それじゃ…、元気で」

そう言うと彼は、数歩走るとすさまじい跳躍力で土手を飛び越えていってしまった。


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