In Wonder Land.

□始まりは路地裏から
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とても真っ暗な所だった。

自分の姿すらも分からないほど真っ暗な所だった。
何故か俺はそんな場所にいた。
夢を見ているような気分だった。
ようなではなく、夢を見ているのかもしれない。

分からない。何も分からない。

意識がぼんやりして妙に体がふわふわする。
浮いているようだ。
自分がちゃんと地に足をつけているのかも分からなかった。







ピチョン


ピチョン






どこからか水の音がしている。







水…?










『やっと見つけた』


――誰?







ピチョン



人の気配は感じられない暗闇から声がした。
水の音に掻き消されることなくしっかりと。
遠くから聞こえるのか近くから聞こえるのかは分からない。
むしろ、脳に直接音を流し込まれたと言った方がしっくりくるだろう。

ただ、とても心地よい声だった。
優しくて暖かくてでも力強い声。





ピチョン






『やっと見つかった』


――だから誰なんだよ!?




こちらの声は聞こえていないのか、声の主はただ続けるだけだった。
見つけたと。

誰?
誰なんだ?
見つけたって?
俺を探してたのか?

何で?
どうして?
どうして?どうして?どうして?





ピチョン





ピチョン






ピチョ…











水の音が――








『俺はお前の―――』












――消えた。



水の音が途切れるのと同時に、声は途切れた。
待っていていも、もう声が聞こえることはなかった。






「くろい…はね?」



気がつけば足元で黒い羽根が波紋を作っていた。
声の主の落し物であるかのようにひっそりと。
ざわりと胸が騒いだ。
















   〜In Wonder Land.〜















「俺はお前の……って何なんだよっ!!」



俺はそう叫びながら勢い良く立ち上がった。

正直に言おう。寝惚けていた。
それはもう誤魔化しようがないほど。


主を失った椅子はバランスを失い、静まりかえる教室にカーンッと乾いた音を響き渡せた。



「おはよう世羅君。僕は君の先生だよ?そして、今は僕の国語の授業。わかるかな?」

「………へ?」


思いがけない所から返事が返って来て思わず間抜けな声が漏れた。
戸惑いながらも声をした方に目を向けると、机に肘をつき楽しそうに笑いかけてくる亮ちゃん先生がいた。
亮ちゃん先生というのは、可愛いからちゃん付けで呼ばれることが多いんだけど、実は腹黒として有名な国語の先生。

そんな先生が笑顔で目の前にいたら誰だってフリーズするよな!?な!?
俺何かした!?




「へ?…えっと‥お、おはようございま…す?」


とりあえず挨拶を返してみた。
偉いぞ俺!頑張ったぞ俺!



「ふふふ。おはよう」

「?」

「…おい。世羅」


やけにいい笑顔で挨拶を返してくる先生に何となく嫌な予感がする。
とりあえず名前を呼ばれたのをいいことに親友に助けを求めると、呆れながらも状況を説明するために黒板を指さしてくれた。
視線を黒板に向けると、びっしりと埋められている説明された記憶がない文章。



「ああっ!!」


そこでやっと、自分が授業中に居眠りをしてしまっていたことに気付いた。
しかも間の悪いことに亮ちゃん先生の授業で。

サアーッと血の気が下がる音が聞こえた。

やばい。
やばいやばいやばいやばい。




「先生…ちなみにいつからそこに…?」

「う〜ん。そうだな〜2、3分前からかな?あ、君が寝ているせいでみんなが集中しなくなったことなんて誰も別にこれっぽっちも気にしてないからね?きっと僕の教え方がいけなかったんだよね。世羅君を寝させちゃうぐらいだもんね。何が悪いんだろうね〜?」

「すすすすすいませんでしたっ!!先生は何も悪くありませんっ!!もう俺になんかかまわず、サクサクっと授業始めちゃってくださって結構ですのでっ!!」


やばいと思った次の瞬間には、考えるよりも先に頭を下げていた。
勢い余りすぎて机におでこを打ち付けたが気にしてられない。
いや、痛いけれども。


だって、亮ちゃん先生の笑顔が素敵すぎて怖いんだもん!!
ものすっっっっごく生き生きしてるんだもん!!


必至の願いのせいかおかげか、亮ちゃん先生の笑顔は更に深いものとなった。



「そう?それじゃあ世羅君、世羅君なら喜んでこの話を全部朗読してくれるよね?」

「はいっ!そりゃもうよろこんでっ!!……って、えぇっ!?」


恐怖から解放されるために反射的に返事してしまったけれど、全部という言葉に思わず冷や汗が流れる。

ちょっとまて?この話10ページくらいなかったっけ!?
音読の域を超えてるって!!




「えっと…全部です…よね?」

「うん。もちろん全部だよ?世羅君さっきよろこんでって言ったよね?あれ?もしかして僕の聞き間違いだったのかな?」

「………ハイ」


少し減らしてくれないかなぁという希望もむなしく、語尾にハートのオプション付きで肯定されてしまった。
しかもとっさに口走った言葉の言質まで取られる始末。



先生ーそれは脅しというものでーす、なんて口には出せないから心の中だけでこっそり言った。
うん。命は大事にしなくちゃ!
まだ死にたくないもん!

居眠りをしてしまったた自分が悪かったんだと、諦めて読み始めることにした。



「ある晴れた日のことだった私は……―――」









俺はもうさっき見た夢のことなんて忘れていた。
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