親世代

□Prolog
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『満月の歌』


むかしむかし、ある所に一人の少年がいました。
その少年はとてもとても美しい顔と、とてもとても美しい声を持っていました。
その少年の歌声は、枯れた大地を芽吹かせ、死にゆく者達をもたちまち蘇させるほどでした。
神様達も、少年とその少年の歌声が大好きでした。


ある日少年は海の近くで、いつものように皆に頼まれて歌いました。
たくさんたくさん歌いました。
皆はその歌声にうっとりしました。が、一人だけうっとりしなかった者がいたのです。
それはその海に住んでいた人魚でした。

人魚は自分の歌声がこの世で一番美しいと思っていたので、少年の歌声を聞いてとても驚きました。
それと同時に、人魚はその素晴らしい歌声の少年が憎らしくなりました。


人魚は考えました。
自分の歌声がこの世で一番になるにはどうしたらいいかと。

そして思いついたのです。

少年が歌えなくなればいいと。


人魚はまた更に考えました。
少年が歌えなくなるにはどうすればいいのかと。

これは難しいお話です。
歌わないでと頼んでも、少年は皆に頼まれれば歌ってしまうでしょうから。
そこで人魚は海で一番賢い人に聞くことにしました。


「あの少年が歌えなくなるにはどうすればいいの?」

と人魚は聞きました。

「簡単なことだよ。あの少年が歌えなくなるにはあの少年が声を失くしてしまえばいいのさ」

と海で一番賢い人は答えました。

「少年が声を失くしてしまうにはどうすればいいの?」

とまた人魚は聞きました。

「少年が声を失くしてしまうには、この薬を少年に飲ませればいいよ」

そう言って海で一番賢い人は人魚に透明な瓶に入った、少年が声を失くしてしまう薬を人魚に渡しました。
続けて海で一番賢い人は言いました。

「この薬は人魚が死ぬまでその少年に効くはずだよ。これは呪いなんだ。かわいいかわいい人魚さん。あなたの憎しみが強いほどこの薬の力は強くなるよ」
と。

人魚はとても喜びました。
この薬を飲ませれば、少年は歌えなくなってしまうのですから。
そして人魚の歌声がこの世で一番美しい歌声になるのですから。


人魚は少年のもとへ行きました。
少年はまた歌っていました。
人魚は少年に近づきました。

「素晴らしい歌声の少年さん、この薬をお飲み」

と人魚は言いました。

「人魚さん人魚さん、その薬はなんですか」

と少年は言いました。

「これはもっともっと歌が上手になる薬だよ」

と人魚は嘘を吐きました。

「そう。それはありがとう。ありがたく飲ませてもらうよ」

少年は人をうたがうということを知りませんでした。
少年は人魚にお礼を言ってその薬を飲みました。



そして少年は声が出せなくなってしまいました。
もちろん声が出ないので歌うことも出来ません。
それを知った皆は嘆き悲しみました。
少年も泣き叫びました。
が、少年は声が出せないのでただ涙が流れるだけでした。
少年の歌声が大好きな神様達も悲しみました。


神様達は考えました。
少年の声を取り戻すにはどうしたらいいのかと。
月の神様は言いました。

「わたしの力で月に一度、満月の日だけなら声をあげることができる」と。

神様達は喜びました。
そして月の神様のおかげで、少年は月に一度満月の日に歌うことが出来るようになりました。
みんなはやっぱり少年の歌声が一番美しいと喜びました。
人魚が一番になることはなかったのです。

それから少年は満月の日には皆を呼び、歌い続けました。


呪いが解けるその日まで。

ほら、耳をすましてごらん。
もし満月の日に歌声が聞こえたのなら、それは少年が歌っているのかもしれないよ―――



(魔書文庫『満月物語』より)

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