親世代

□Go Forth
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とても清々しい朝だった。

今はまだ、早朝と言っても差し支えのない時間だった。
雲一つない晴れた空に輝く太陽が、ほんのりと地面を暖め始める、そんな時間。
言い換えるならば、森の動物たちが活動を始める時間。

そんな時間に、



「・・・」

僕も目覚めていた。

欠伸をしながら、猫のように大きく伸びをする。目覚めが悪い方ではないので、のんびりと朝の身支度を整えていた。

それはどこも可笑しくはない朝の風景だった。


だが、
もう一度言おう。
     .
とても清々しい朝だった。



(あれ?)

備え付けの洗面台で顔を洗って目が覚めたところで、やっと自分の行動の可笑しさに気付くことが出来た。
顔を拭いていたタオルを干して、窓の方を見る。

カーテンの隙間から部屋へと差し込む太陽の光も、聞こえてくる小鳥たちの朝を歌う声も、間違いようもなく朝だと主張していた。

朝だった。


朝。



朝……






(…明らかに僕、間違っているよね?)

思わず天を仰いだ。

なんてことだ。

今まで学校の生活に合わせて睡眠・起床していたから気付かなかったけれど、これは種族としては大問題なんじゃないだろうか。

学校も無いのに朝に起きてしまったということは、もう身に染みてしまったわけで…



朝型になったヴァンパイア。



なんて間抜けなフレーズなのだろう…。

ちょっと、いや、かなり嫌かもしれない。

別に太陽の光に当たったからといって、消滅するわけでもなんでもないけれど――まあ、確かに少しジリジリと痺れるような感覚はするが――月の守護を受けている種族の身としては、夜に申し訳ないような気もする。

でも直そうにも、これからまたしばらく学校に通うことになるから、結局早起きしないといけないわけで…




(諦めるしかないの、か…?)


結局、ヘルが様子を見に来るまで僕はこの命題について頭を抱えていた。







 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「ねぇセティーシアいつお買いものに行く予定なの?」

(買い物?)

「ホグワーツで必要なもの買わなきゃいけないでしょ?」



空腹を満たすため、僕は食堂にいた。

人間ほど食事を必要としないと言っても、さすがに千年もの間飲まず食わずというのは堪えたらしい。
体が完全に覚醒した途端、強烈な飢餓感が襲ってきたのだ。

血が飲みたいなぁと思いながら、蜂蜜に埋もれたトーストに齧り付く。
表現が可笑しい?
いいや、これであっているよ。



(そうだね…。放っておくと忘れそうだから、今日行こうかなと思っているけど…どうしたの?)

「一緒に行きたいなぁって思って」

(あぁ、そのことについては皆が起きてから話すよ)



そう。
今この屋敷の中で起きているのは僕とヘルだけなのだ。
サラなら、もしかしたら起きているかもしれないけれど、彼は低血圧だったからなぁ。
他の二人が早起きなんて出来る訳ないだろうし。
だから、実質2人だけなのだ。

そのことを知った時の僕の気持ちは…言うまでもないだろう。



「紅茶のおかわりはどう?」

(お願いするよ)

「じゃあ、ちょっと待っててね!」



そう言ってヘルは台所近くの棚へと向かって行ったのだが…

紅茶。紅茶。紅茶。

その棚には所狭しに、茶葉が入った缶やら袋が並べられていた。
メジャーな種類のものから貴重なものまで。
同じ種類でもメーカー別に分けられていたり。




(ヘ、ヘル?)

「どうかした?」

(その紅茶の量は何?)



僕の記憶が正しければ、あの棚はそんなに小さなものじゃなかったはずなのだけれど…。



「ああ、これ?すごいでしょう!」

(すごいけど、なんでまたこんなに…)

「ほら私たちって紅茶しか飲めないでしょ?だから皆紅茶に凝っちゃって、気が付いたらこんなことになっちゃっていたのよ」



そうだった。
あまりにも普通に皆が生活しているから、忘れていた。
皆は普通の人間であって、僕とは時の流れが違うことを忘れていたのだ。

目の前にいるヘルも、まだ起きてこないサラもロウェもゴドも、





みんな、魂だけの存在なのだと。





紛れもなくその魔法をかけたのは自分だったのに。

千年の眠りにつくと言ったとき、4人は目覚めた後もずっと傍にいたいと言ってくれた。
終われない命なんて苦しいだけだと分かっていたのに、皆の優しさに甘えて自分の弱さに負けてしまったんだ。

だから魔法を皆にかけた。

だが、あの時は酷く魔力を消費していたから、4人に完全な肉体を与えてあげることは出来なかった。
今の皆は、人形に魂を入れたようなものなのだ。だから体の機能は何一つ動いてはいない。
当然飲食など出来なかった。
紅茶だけはヘルの懇願もあって、どうにか飲ましてあげるというか、エネルギーに置換出来るようにしたのだけれど。



(ごめんね…)

どうしようもない悔しさが込み上げてくる。

魔法をかけたのが、どうして声を封じてからだったのかと。
この声を封じている魔法さえなければ、そんなことくらい簡単に出来たのに。

大切なものを皆、守りたいと思った結果がこれか。

本当に僕って自己中心的な生き物だよね…。



「セティ?」

(ん?どうしたの?)

「どうしたの…ってそれは私のセリフなんだけれど…?」


おっとりと首を傾げるヘルの手には紅茶の入ったカップが握られていた。
向かいの席にはもうすでに、一つティーカップが置かれているから、それは僕のもののようだ。
受け取ってもらえなかったから、ヘルは困っていたのだろう。




(あぁ、ごめん。ありがとう)

「別にいいけど…」


僕は慌ててカップを受け取った。

受け取った…までは良かったのだが、心配症な彼女はぼんやりしていたことを変に勘ぐってしまったらしい。

段々と青褪めるヘルガの顔。

こういう時の彼女は宥めるのが大変なのだよね…



「も、もしかして体調悪いの?!どこか痛いところとかある?!もしかして――」

(大丈夫だから。大丈夫)

「セティったらどんな時でも大丈夫しか言わないじゃない!」

(本当に大丈夫だよ。ちょっと考え事していただけだよ。体調はすこぶる良いし、どこも痛いところはないよ)

「本当に?」

(人間より体が丈夫なことは知っているだろう?)

「知っているけれど、心配になるんだからしょうがないじゃないの…」


本当に何でもないのだと微笑んで念を押すと、やっと納得したのか、これ以上何も聞いてくることはなかった。
心配しすぎだと言ってやりたいが、ヘルがここまで心配するようになったのはあの千年前の事件のせいなので、原因が自分となれば無碍にすることなんて出来ない。

結局何も言えなかった。
謝ったら、彼女は怒るだろうから。



とりあえず、ヘルの前で考え事するのは止めようと固く誓った僕だった。
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