02/10の日記
11:34
endless flow(1)
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深緑の青い緑の奥に乳白色を基調としたゴシック形式の教会が、霞掛かってぼんやりと見えた。
壮大な礼拝堂に響く修道女達の祈りの声の中では、1人の少年が居心地の悪そうに手を組んで居る。
年の頃は10程の彼の名は長(ちょう)。
柔らかなクリーム色の毛髪が輝き、彼のまだ幼さの残る小さな顔に映えるのはペリドットの瞳。
彼はこのヨーロッパの地を1人で彷徨って居たところを先日ここのシスターに保護され、この国立の修道院に連れられて来たのだ。
しかし長は祈りの最中だと言うのに、礼拝に集中して居なかった。
彼の緑の瞳に映されているのは、白皙。
(あの人は誰なんだろう…)
漆黒に身を包んだシスター達の列の中で、ひっそりと光を放つ1人の人陰。
布の間から垂れた絹の様な銀髪、宝石の様に汚れのない青の瞳とそれを縁取る長く白い睫毛。
黒く質素な服でさえ、その人の性別を超越した美しさを引き立てるだけだった。
(どんな声をして居るのだろう)
初めて目にとめた日からその人に話し掛けてみたい、声を聞きたいという好奇心は募るばかりで、留まることを知らない。
潤沢たる湖の源の様にこんこんと溢れ出る想いは、生まれたいと願う赤ん坊の掻きに酷似していた。
(こっちを見てはくれないかな…)
胸元で手を握り締め、真っ白な瞼を閉じて祈る姿はまさに聖母であり、清らかな事この上なかった。
そしてステンドグラスを通して伝わる朝日はその人の煌めきを更なるものとし、幼い彼の心でさえも蠱惑させた。
そして長は、その人の白い頬を伝う雫を見止める。
(泣いて居る……?!)
白皙は懸命に祈りを捧ぐ善男善女のなかに紛れて、ひっそりと華奢な肩を震わせた。
そしてその静かな涙は誰にも気付かれぬまま、音もなく大理石の床に落ちた。
(何故、あの人は泣いて居るの?)
長はその人の表情の一つひとつを見落とさまいと、列からはみだした。
「長…!」
突然声を掛けられた事に驚いて、彼は勢い良く振り返った。
「マリアさん」
彼は年上のシスターの、オニキスを想わせる黒々とした瞳を見つめ返した。
彼女は目で制すと、また真剣に祈りを捧げ始めた。
早朝の澄んだ空気に、礼拝の終了を告げるベルの音が心地良く響く。
淡い色の鳥はベルの黄金に反射した光に驚き、ばたばたと羽根を羽ばたかせた。
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