02/19の日記

13:18
endless flow(2)
---------------





朝食後、長(ちょう)とマリアは手入れの行き届いた中庭を歩いて居た。

マリアはとても面倒見の良い女性で、まだ修道院での生活に慣れない長に優しく接してくれて居た。
「あなた、何時も礼拝に集中して居ないわね。」
「すみません…」
「私に謝っても意味はないの。神の御心に触れ清らかなお声に耳を傾け、全ての救済を祈りなさい アーメン」
「アーメン…」

反省した様子の長を見て、彼女は先刻までの凄惨な顔付きとは打って変わって、今度は優しく微笑んだ。
マリアはずば抜けて容姿が良いという訳ではないが、柔らかな笑顔は内面の美しさをにじみ出させ、その様子はまさに聖母マリアであった。


「マリアさん…あの白い人は誰なのですか?」
「“白い人”?」
長の質問に、彼女は疑問の念を隠せずに居た。
「はい。あの、色がとても白くて瞳が青くて、銀色の髪が布からはみ出した、素晴らしく綺麗な人です。」
長は彼女からの返事に期待をよせた。

あの人は誰なの?
どうしてここに来たの?
どうして、泣いて居たの?

「―――…あなたは、何時も礼拝中に彼を見て居たの?」
「彼?」
返ってきた答えは長が求めて居たものではなかった。
そして彼はマリアの僅かな声のブレを感じ取ったが、何も言わずに小さく頷いた。

「はい…あの人は男の人だったのですね」

“彼”という言葉に長(ちょう)は少しの違和感を覚えたが、それは淡水に落ちた粉砂糖の様に感情の奥底に溶け込んで、まどろみに近似した後味を残すだけだった。

「あの人を朝夕の礼拝の時にしか見たことがありません。
僕…どうしてもあの人のことをよく知りたくて……」
思い出す程に、愛情にも似た想いは募るばかり。
長はまたあの瞳の煌めきを思い出し、飢える様な胸の締め付けを憶えずには居られなかった。
そんな長の苦みをマリアは理解しながら、一種の畏れを抱いた。


「―――長、もうあの人の事は忘れなさい。」
「何故です…?」
彼は普段のマリアの厳格さの中に母親の様な包容を感じていたが、今は優しさは疎か、間違えようのない拒絶を受け取った。
「良いですね…?!」
きつく引き締まった目元を見て、長は大人しく従う事しか出来なかった。
そして颯爽と歩みを進めたマリアの後を、長は追う。
そのまだ未熟な背を急かす様に、真っ白な鳩が羽音と共に飛び立った。

彼が無意識のうちに踏み付けた黄色い花の上に、鳩の残した羽がふわりと踊った。




.

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ