短編

□抱きしめないで
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七松→→←?夢主/友人
___________



「痛い!痛いんだってば!」

「痛くない!」

「痛いの!!アンタは痛くなくても私は痛いの!」

「細すぎるからいけないんだ!」

「アンタの力が強すぎるからいけないの!」


この会話──口喧嘩と言うべきか、いつもどこかしらから聞こえてくる
聞こえてくるたび誰もが、あぁまたか、と思うのだ

六年の七松小平太の、愛情表現と言う名の抱擁

有り余る力でこれでもかと言わんばかりに、ユメを抱きしめる
ユメの体は、キシキシと音をたて、今にも折れてしまいそうだ

ある時は本気で、息ができなくなった時もあるほどだった

ユメにとって、加減を知らない小平太は、それはそれは無邪気な悪魔だった


解放されるのも、小平太の気まぐれで
一瞬のギュッ、で終わる時もあれば、長い時もある
しかし大半は長すぎる

あまりの苦しさに、愛情表現には思えない
どう考えても、殺意で抱き絞め殺そうとしているようにしか、考えられない

何度も、そんなに私が嫌いか、と問いかけてみても
返ってくるのは決まって同じ
大好きだ、の言葉だった

もしその言葉が本心だとしても
きっと好きすぎて、抱き絞め殺したいに違いない

いつ、抱き絞め殺されるかわからない今
ただ必死に抵抗し、自分も体力をつけ、負けないようにするしかなかった


もうダメ、これ以上力が出ない
苦しい、死ぬ

抵抗するユメの力が尽きた
それと同時に小平太の力も弱まる

助かった

いつもだいたいユメが力尽きると、小平太も抱きしめるのをやめる
優しいのか、なんだかわからない

プラスに考えれば、優しいのだろうが
マイナスに考えると、いつ絞め殺されるか、という恐怖を味あわせながら
楽しんでいるのかもしれない

そうだと考えただけで恐ろしい

ただそんなことがあってたまるか、と自分に言い聞かせプラスに考える

小平太はユメを自分から少し離すと
少しだけユメの顔を見て、満足げに笑う

その笑顔は、ユメを殺そうとしているとは、到底思えないものだった
純粋に人を愛す、少年の笑顔そのものだった

それもそのはず、実際に殺そうとしているわけではないから
抱きしめることが、小平太にとっての一番の愛情表現なのである

そんな笑顔を残し、いつも通り足早にその場から立ち去り
一瞬にして、気配も消えてなくなる

そしていつも通り、残されたユメは痛い体をさすりながら、むせかえる


小平太のユメへの愛情表現は、毎日毎日、休むことなく続いていた

そして今日も、小平太は有り余った体力で走り回り、ユメを捜す

「いけいけどんどーん!!ユメー!どっこだー!」

いくら捜してもどこにもいない
食堂も、医務室も、どこの廊下も、職員室も

疲れ知らずの小平太は、いたるところを捜し終えても
また何度も何度も、同じ場所を捜し続けた、ただ数ヶ所を除き

「‥これだけ捜してもいないとは、やはり、くの一教室のところか。仕方ない、捜しに行こう」

小平太としてはどうしても
一日一回はユメを、抱きしめなければ気が済まない思いがあり
捜すのにためらいがあった、男子禁制のくの一教室の庭に
足を踏み入れることを決意した

他のくの一に見つからないように、足音と気配を消し
忍び足で庭を進んでいった

しばらくすると、木の下の木陰にくの一の忍装束が見えた

小平太はまるで野生の勘のように、それがユメであることを感じとる
それと同時に、いつものユメとは少し違うこともわかった気がした

小平太は足音も気配も消さずに、堂々とユメに近づいて行き、静かに名前を呼んだ

「ユメ」

しかしユメに反応は見られない
正しく言えば、視線と微妙な顔の動きだけの反応しかなかった

小平太は静かに、ユメの隣に腰をおろした

木にもたれ掛かっているユメは、同じぐらいの目線になった小平太の顔を、じっと見つめる

ユメの表情はどこか切なく、今にも泣きそうなのを我慢しているようで
見る者の心を、締め付ける何かがあった

「ユメ」

もう一度名前を呼ぶ
すると目にうっすらと涙がにじんだのが、わかった

涙が溢れ出るのと同時に、小平太に重みがかかる


初めてのユメから小平太へ──

いつもの馬鹿力が嘘みたいに、小平太はユメを優しく支える

ユメは小平太の首に腕をまわし、顔をうずめて
声を押し殺し、静かに涙を流している

そんなユメにソッと囁く

「私でよければ、話はいくらでも聞くぞ」

いつもと違う小平太の優しさに、ユメの目からはさらに、涙が溢れ出るばかりだった

その言葉に小さく頷き、小平太にまわしている腕の力を強めた


暫く泣き、落ち着きを取り戻したユメ
しかし小平太にもたれ掛かったまま、身動き一つしない

ユメは想像もしていなかった
いつもはあんなに、怖くて嫌な人の腕の中が、こんなにも落ち着くだなんて

ユメは小平太の暖かさを感じながら、ゆっくりと目を閉じた
そして、か細い声で、小さくつぶやく

「ごめん小平太、ただちょっと‥実技でへましちゃって。怒られるならまだ良かった、呆れられちゃって‥」

話し出したらまた涙が出そうになり話をやめる

「小平太‥今だけ……甘えさせて‥」

その言葉に返事をするように、小平太はユメを支える腕に力を入れる

「ずっとずっと甘えていいんだぞ、私がいつでもお前のそばにいてやるから」


そう言って、ユメを力強く抱きしめた
普段は苦しくて嫌なのに、今日はなんだかその苦しさが、嬉しくて暖かくて

ユメに、初めて愛情が届いた瞬間だった

うん、っとまた涙をポロポロと流して、自分からも力いっぱい抱きしめる

それに気をよくして、更に小平太は力を強めた

ミシッ、とユメの背骨が音をたてた
苦しさで息ができなくなってきた、背骨が折れそうだ

「こっ‥こへい‥たっ……!」

「あぁユメ!大好きだ!」

さきほどまでのムードは、消えてなくなった

たまに抱きしめてくれるのは嬉しいけど
普段は、抱き付くだけにして

抱き締めないで!






20090220

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