Psychedelic Heroine

□03
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二人掛けの古ぼけて年期の入った少し綻びの目立つソファの上で、次元は目を覚ました


「あ゛ー。」


上半身のみを起こし、伸びを一つ

するとバキバキと身体の至る箇所が小さく悲鳴を上げ、そんな自身の爺臭さに一人眉を顰める

この小さな仮住まいのアジトにはベッドが一つしか存在せず、相棒とのベッド争奪ジャンケンに敗北し、こうして寝心地がとても悪いソファを寝床とする羽目になってしまった

今日こそは、ジャンケンに勝利し、あまり良いとはいえないが両足を伸ばせる硬いベッドで寝てやる、と心に決め、机の上の灰皿からシケモクを拾い上げようとした瞬間

キラリ、と光る赤い塊が彼の視界に入る


「……」


灰皿に伸ばされた手がシケモクではなく、その赤い塊を掴み、それを窓から射し込む柔らかい日の光に翳してみる

あの奇妙な少女と出会って一夜明け

何処か夢だったのではないか、という思いもあったが、彼女が『迷惑料』と言って置いていったこの大きなルビーの存在が、これを現実だと告げていた

そして未だ甘く痺れる様な感覚が残る少女に触れられた自身の手

触れたのは刹那の筈なのに

この言い様のない感覚に襲われたのは初めてである

まるで、麻薬の様にじわりじわりと心を、身体を、思考を蝕まれていく様に一番驚いているのは他でもない、彼、次元大介であった

何故この様な事態になってしまったか、その理由を探ろうと思惑の海へ沈もうとした瞬間、ガチャリという奥の部屋の扉が開く音によって現実へと引き戻される

ルビーを机の上へと戻し、音のした方を振り返ると、未だ寝惚け眼のルパンが肩にジャケットを引っ掛けながらふらふらと次元の向かいのソファに身を沈めた


「次元ちゃん、おはよーさん。」

「相変わらず、酷ぇツラだな。」

「ひっどーい。あの後、調べ物してたら寝るの遅くなっちゃったんだよーだ…あふぁ。」


大きな口を開けて欠伸を一つ吐き出したルパンの視線が、起きて直ぐの次元と同じ様に机の上のルビーへと向けられる


「…やっぱ、夢じゃねえよな。」

「嗚呼。」


どうやらこれを現実だと受け止められなかったのは次元だけではなかった様で

長年泥棒家業をし、摩訶不思議な出来事には幾度となく遭遇してきた筈なのに

今更一人の少女との邂逅だけで何故こうも心を掻き乱されているのだろうか


「で、何を調べていたんだ?」

「眞姫ちゃんの事ー。」

「ケッ!まあた女絡みだからって首突っ込もうとしてんのかよ。」


自身の心が一番掻き乱されているという事実を無理矢理考えないよう心の底に沈め、自分はさも何も気にしていないかの様に抗議の声を上げる


「ムフフ…じゃなくて。眞姫ちゃんの『言葉』でちょーっと引っ掛かる事があってよ。」


そう言い、ルパンはソファから立ち上がり、備え付けの小さな台所の棚からインスタントの珈琲の瓶を取り出すも


「あ、やべ。」

「どうした。」

「珈琲切れてらあ。」

「ほお。」

「……」

「……」


訪れた無言の時間


「じーげんちゃ」

「断る。」


変な声で自身の名前を呼ぶ相棒に、嫌な予感を感じた次元はバッサリと切り捨てた


「ケーチー。」

「何で俺が行かな…あ。」


ぶーぶーと抗議するルパンを前に、やれやれと帽子を深く被り直した所で、とある考えが浮かび


「しっかし、ソファで寝たら身体のあちこちが痛くてかなわねえ…なあ。」


意味有り気に彼に語り掛けると、長年連れ添った勘の鋭い彼の相棒は即座に次元が言わんとしている事を酌み取り


「うんうんー。今日は俺っちがソファで寝るからおーねーがーいー!!」


くねくねと手を組み合わせて擦り寄ってくるルパンを鬱陶しそうに手で追い払い


「しゃあねえ、ついでに酒と食いモンも調達してくるぁ。」

「ありがとさん。」


パソコンを起動する準備に入ったルパンを視野で確認し、次元は財布をポケットに突っ込みジャケットを羽織ってアジトを後にした

薄暗い路地裏から、活気付いた人通りの多い露店が並ぶ道へと出る

気が付けば太陽は真上まで昇りつめ、闇夜に紛れて行動する彼には眩しすぎるぐらいで、くらり、と視界が揺れた

そう言えば、最近はずっと宵の中での行動が多かった事を思い出し

陽の光を浴びるのは本当に久しぶりの事かもしれない

そう考えれば、この熱っぽさも良いかもしれぬと感じてきて、乗り気じゃなかったこの買い出しも少しは楽しめる気がした

インスタントの珈琲とバケットに果実、それから長期保存の利く食品を買い込み、夜に呑む為の酒を買いに酒屋の露店へと向かう


「バーボンあるか?」

「在りますよ。フォア・ローゼズの50年ものとかは如何で?」

「良いじゃねえか。そんじゃ、それとあと適当にツマミを見繕ってくれ。」

「有難うございます、旦那。」


露店の中をぐるりと見渡すと随分良酒や滅多にお目にかかる事の出来ない様な代物が置いてあり、人知れず、馴染みの店としたいと期待に胸が躍った

その刹那

香しい酒屋独特の匂いに混じって次元の鼻を掠めたのは、嗅ぎ慣れた何とも言えぬ臭い

その臭いを即座に特定し、見開かれるは次元の目

何故、硝煙の臭いがする…

変な胸騒ぎを感じ、酒屋の露店の路地裏へと通じる暗闇を覗き込んだその瞬間


「っ!?」


ドサ、と鈍い音を立てて次元が持っていた紙袋が彼の足下に落下する

嗚呼、どうしてこうなってしまったのだろう

彼の視界を勢い良く通り過ぎて行ったのは、朝から思い、思考の半分を埋め尽くした元凶の桃色の髪を持つ少女だった







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