Psychedelic Heroine
□04
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彼の視界を勢い良く走り過ぎって行った少女は、どうしてかスーツを纏い銃を持つ大人達に追われていた
それはどう考えても彼女がスーツ姿の大人から逃げていて
面倒事に首を突っ込む事を何よりも嫌う彼は、今目に映った一連の出来事を見ない振りをする事も出来た
それでも
即座にそれを判断した次元は足下に落としてしまった紙袋を拾い上げ
「悪い、オヤジ!後で取りに来るから、これ、預かっててくれ!!」
「え、ちょ、旦那!?」
困惑する店主を余所に、買い込んだ荷物を無理矢理押し付け、勢い良く彼女等が通り過ぎた路地裏に飛び込み、ベルトに挟んでいたマグナムのセーフティを外し、サイレンサーを取り付け
路地裏に入った途端に強くなる硝煙の臭いに顔を顰めながら、頭の隅で何故こんな事をしているのか、と冷静に考える
それは、追われていたが、あの、自分の心を掻き乱して止まない少女だったからであろうか
桃色の髪を見た瞬間に揺れた自分の心臓
この、この感覚は何なのであろうか
「い゛っ!!」
思考を遮断したのは、どしゃりと何かが倒れる音と、あの少女の呻く声
それに反応した次元は、彼等の死角を取り、そこに滑り込む
「ったく、手こずらせやがってこのアマ!!」
物陰から様子を覗くと、地に伏し足首から出血し小さく鳴く少女、眞姫と、それをゆっくりと追い詰めていく四人の男達
「さあて、大人しくしてたらこれ以上は何もしねえよ。」
リーダー格の男が倒れた少女の顎を持ち上げ、二人の視線が絡み合う
「やっと観念したか。」
それでも、彼女の瞳は強く、観念した様子など微塵も感じられず、寧ろこの場を楽しんでいるようにギラギラと輝きを放っていて
「プッ!」
「!!」
眞姫は男の顔に唾を吐き付けた
「っんのォ!」
「お、おい!!」
それに激昂した男は、周りの輩の制止も聞かずに眞姫の眉間に銃を突き付けた瞬間
次元は隠れていた場所から勢い良く飛び出し、マグナムで4人の男達を黙らせていた
ドサリ
彼女の胸倉を掴んでいた男の身体がぐらりと傾いて地に倒れ伏し、眞姫と次元の間を遮る壁が消え、二人の視線が濃密に絡み合う
突如として姿を現した次元の姿を見ても、矢張り眞姫は顔色一つ変えずに
「やあ。」
「嗚呼。」
一言、平然とそう言葉を紡いだ
「何してるの、こんな所で。」
「それはこっちの台詞だ。」
「別に面白い事など何もないよ。見ての通り、追いかけられて殺されそうになったのを、君が助けた。ただ、それだけの事。君は?」
あたたた、と少し呻きながらも少女は後ろに手を付いて緩く胡坐をかきながら次元に話を促す
「買い出しだ。」
「そう。」
ここで会話が途絶える
改めて、次元はこの状況を見渡す
目の前で座り込んでいる少女は昨晩の白いシンプルなハイウエストタイプのワンピースではなく
頭にはサックス色のはしごレースリボンカチューシャを乗せて
淡いピンク色のロシェルフリルブラウスに、カチューシャと同じサックス色の胸元がナポレオンジャケット風の模様がラウンドタイプになっているジュエリージュレジャンパースカートとイエローのトランプオーバーニーソックス
そして、逃げている最中に泥が跳ねてしまい少し汚れてしまった白のプラットホームシューズを履いている様子を見ると、昨晩一応あの後ルパンが盗みに入った屋敷には戻った様だが
地に伏している男達は確か、盗みに入る前日に自分が下見をした時に見た屋敷の主の直属の部下であり、彼女が今度は自分の足で逃げ出して来たのは火を見るよりも明らかだった
「…何で逃げ出して来た。」
「おや、逃げ出して来た、とバレてしまったか。まあ、ちいと訳ありでねえ。」
曰くつきだの訳ありだの、如何やらこの少女は自分の事を多くは語りたがらない様だ
女とは、自分の存在やら好みやら日常のどうでも良い事を話したがる生き物ではないのだろうか
少なくとも、次元がこれまで一夜限りだとしても肌を重ねて来た女達は例に洩れずそうであった
それなのに、眞姫はそこら辺の身体だけが成熟した女達よりも遥かに大人びていて、矢張り異質な存在の様に感じるのだ
まるで、身体だけ子供にされてしまった様で
だが、そんな夢物語の様な事が現実に起こる筈もなく、自分の阿呆らしい考えを次元は頭の隅に追い遣った
「で?」
「あ?」
鈴をコロリと鳴らした様な声が次元を呼ぶ
「そんなに見つめられても…穴が開いてしまうよ。」
「っ…!」
如何やら考えを巡らせている間、ずっと眞姫の顔を見つめていたらしい
「取り敢えず、助けてくれた事に感謝するよ。有難う。」
「嗚呼、別に。」
ニコ、と笑った彼女だったが、立ち上がろうとした一瞬、顔を歪めたと思ったら萎んでいく風船の様にふらふらぺしゃり、とまた座り込んでしまった
「あ゛ー…そうだっ…何?」
次元の耳に入ってきたのは、困惑した彼女の声
「乗れ。」
彼女の困惑した理由は、次元が彼女に背を向けて膝をついているからで
「…え?」
明らかに少し警戒してる様子を次元は背中でヒシヒシと感じる
「流石に目の前で怪我している餓鬼を置き去りにするぐれえ冷血じゃあねえよ。」
「でも…」
それでも、初めて困惑する表情を見せる眞姫に、次元は一つ溜め息を吐き顔だけで振り返って
「ここにずっといりゃ、遅かれ早かれ警察に見つかって、理由は知らねえが逃げ出してきた屋敷に逆戻りだぜ?」
それに厄介な事に、ルパンが盗みに入ったと何処からか耳にした銭形のとっつぁんがこの街に来たという
この少女は、彼等のアジトの場所を知ってしまっている
ないとは思うが、万が一この少女ととっつぁんが邂逅し、彼女がアジトの場所を密告したのならば
とっつぁん相手と云えど、あまり喜ばしい事ではない
まあ、ルパンが入れ込んでいるあの女じゃあるめえし、そんな可能性はないだろうが
それに、元々乗り掛かった舟である
それならば、それが泥舟ではない事だけを祈り、最後の向こう岸まで彼女を渡す事ぐらいしても良いのではないだろうか
「…うん、じゃあお願いするよ。」
漸く彼女は首を縦に振り、次元の大きな背中に覆い被さろうとしたその刹那
「…ッ、クソ、ガッ!!」
地に伏していた男の一人にはまだ息が有った様で残った力を振り絞って眞姫に銃口を向けたのだが、それよりも速く次元のマグナムの銃弾が彼の眉間を貫いていた
次元としては、こんな子供の前で人の命を奪うという非人道的行為を見せたくはなくて、自身の背中で彼女の視界を遮ったつもりだったが
「おおー。吃驚仰天ど真ん中ー。」
当の本人は恐れる処か何処吹く風で次元の背中の陰からひょっこりと顔を出し、今はもう命の灯を消してしまった男だったものの眉間を見て感心していた
「…お前さん、怖くねえのか?」
「だあから、眞姫だってばあー。別にー?何時もの事だし、慣れてるし。」
「…どんな生活環境で育ってきた。」
「普通だよ。ただ、他の人より生も死も近かっただけ。」
それは普通とは言わん、と口を挟みたくなったが、何時もの如く無表情ながらも先刻とは違い少し翳りが見えた顔と、これ以上踏み込まれたくないと言わんばかりの拒絶を含んだ声質に気が付き
腑に落ちないながらも、次元はもう一度前を向き、彼女を促す
「ほら、行くぞ。」
「…ん。」
今度こそ眞姫は次元の背中に覆い被さり、彼の背に心地良い温もりと重みがのしかかり、右手で彼女のトランクを持ち、左手で彼女の左の膝裏を抱え上げると
「変なとこ、触らないでよ?」
「はっ、餓鬼にゃ興味ねえよ。手ぇ首に回しな。」
「ん…」
彼女の小さな手が彼の首に触れた瞬間
「っ…」
次元に又も甘い痺れた感覚が襲い掛かった
それでも彼女にその事を悟られたくなく、何事もないように振る舞い黙々と歩みを進める
嗚呼、この少女にもう一度会えばこのぐるぐると内に渦巻く感情の正体を知り得るのではないだろうかというのは、何と浅はかな考えだったのだろう
次元の心に淀む靄は、晴れる処か、より一層濃度を高めた
今、彼が思惑の海に沈んだのは果たして吉か凶か
先刻息が合った男が銃口を向けた瞬間に、眞姫が人知れず白いコルト・ローマンを取り出し、今パニエに隠し入れた事を
次元は、気付かない
…