○ Brave sword ○
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アンデットの気配を探知する魔道装置、サーチの点検・整備。
部屋に溢れかえる資料の数々。それをアレコレと掘り返し、めぼしい資料を解析する。
その合い間にも、行方不明のクロウとレイジス・ディーンの居場所がわかるような情報を集めることも忘れない。
それが、ルカ・ブランシュの家に住み込むようになった、アイラ・ロイズの主な仕事だった。
食事や掃除・洗濯などの家事一切は、ほとんどルカがこなしている。
何の仕事をしているのかいまいちハッキリしない彼は、それでも生活費を要求することもなく、ニコニコと楽しそうに主夫をしていた。
一度、食費ぐらいは入れたほうがいいか、と申し出たことがある。
だが、返ってきた答えは、
「いずれ、君たちの事を本にして大金持ちになるからいいよ。
その代わり、いろんな情報をボクに包み隠さず話してよね」
だった。
ニコニコと笑いながら、何度言ってものらりくらりと辞退する。
3人での生活費が、安いとも思えない。
かといって、ルカが何か仕事をしているとも思えない。
ジェンから聞いた話から考えると、彼を育ててくれた叔父さんという人物の遺産があるので、それで生活をやりくりしているとは思うのだが…。
そんな遺産を食い潰してまで、一体なぜ、彼は私たちを手元においておくのだろう?
「…やっぱり、怪しいわよねぇ」
独り言を言いつつ、引っ張り出した書類に目を通す。
タダより高い物はない。
甘い話の底には毒がある。
言葉の裏には針千本。
彼の目的がはっきりするまでは完全に信用できない。
が、タダで衣食住をまかなってもらえるこの状況は美味しい。
結局アイラが出した結論は、「利用できるものは遠慮なく利用してしまえ」だった。
危ないと思ったら、そのときは腕力にモノを言わせて逃げてしまえばいいのだし。
1人導き出した答えに納得して、アイラは書類に意識を集中する。
適当に研究所…主にクロウの執務室から持ち出してきた資料の中には、あまり重要ではないものも多く混じっている。
収支報告書だとか、誰かの休暇届けとか…そういったものの中から、アムリタ研究所がなにを研究していたのかを示すものを探し出す。
1人でやるには大変な作業だが、ルカは信用できない。
ジェンに至っては、問題外だ。彼に手伝わせたら何が起きるか…考えるだけで恐ろしい。
「でも、やらなきゃ…」
そうつぶやき、資料の整理を続ける。
行方不明のクロウの居場所は、未だに掴めない。
実際に目で見たワケではないが、執務室に残っていた血痕をみれば、彼がひどい怪我を負ったことはわかる。
そんな彼を連れ出したレイジスが、彼とよい関係ではなくなっていたことも。
急がなくてはいけない。気は逸るが、手がかりは全くなくて…。
焦ったって、仕方がない。
今は、できる事からやらなければ。
気を落ち着け、別のファイルに手を伸ばした。
ファイルの隙間から薄い板が滑り落ちる。
かしゃん、と、軽い音を立てて床に落ちたソレを拾おうと触れた瞬間。
ぴしっと指先に走った魔力の気配に、アイラは目を見開いた。
驚いて一度引いた手を伸ばし、今度はしっかりと手のひら大の板を拾い上げる。
一見なんの変哲もない、滑らかに磨かれた木の板。
だが。
「―――」
口の中で呪文をつぶやき、目を細める。
魔力を込めた目でその板を見つめれば、表面に浮かび上がるのは細かく張り巡らされた封鎖の網。
その隙間から感じるのは…。
「見つけた…」
かけられた封鎖の魔術のあちこちに、独特な鍵が仕掛けられている。
彼の助手を務めていたから、それがクロウが独自に開発した魔術によって仕掛けられたものであることは、すぐにわかった。
「見つけたっ!!!見つけたわよっ!!」
喜びのあまり叫びながら、アイラは部屋を飛び出し、居間に飛び込んだ。
朝食の片づけをしているルカの背をバシバシと叩き、牧場でブルーとルカの馬の世話をしていたジェンを大声で呼びつける。
「ジェン、チーフの居場所がわかるかもしれない!」
「ええ!本当に?!」
汚れた皿を抱え、素っ頓狂な声を上げるルカ。
「アイラさん、それ本当かっ?!」
すごい勢いで居間に戻ってきたジェンに、ニヤリと不適に笑って見つけた木の板を見せつける。
「……なんだ、それ?」
「木の、カード?」
それがどうしたんだ、と言わんばかりの2人の表情。
アイラはそれを不機嫌ににらみつける。
これだから、魔術に疎い人間というヤツは……。
「これは、チーフの魔力の結晶なの。人間は個人差があっても常に周囲から魔力を吸収していて、体内に取り込んでいるの。でも、キープできる許容量が決まっていて、それを超えると余分な魔力はまた外へと発散されてしまう。そこで、発散される分の魔力をこうして毎日、別の形として体外で結晶化させることで――」
「そんなことはどうでもいいっ。コレがどうしてチーフの居場所と関係あるんだよ?」
鋭い口調で話をさえぎるジェン。
アイラはむっとしつつも、余裕のない表情をしている彼を見て、怒るのをやめた。
自分とは違って彼は、まだ新入社員と言ってもいいぐらいの期間しか、研究所に所属していなかった。
そんな右も左もわからない状態で、チーフが行方不明となり、信頼していたレイジスがいないのに怪物と戦わなければならなくなって……。
本当は心細いのだと、アイラは気付いていた。
1人でも戦える、と、そう見せ付けるように、アンデットが現れれば勇敢に戦いの場に赴く。
だが、伝心の魔術で繋がる度に、魔術に不慣れな彼の本心が見えてしまう。
「…わかったわよ。手短に説明する」
ふんと鼻をならし、アイラは手の中の魔力の結晶を指し示す。
「これはチーフの魔力の結晶なの。つまり、チーフの体の一部と言えるモノなのよ。
だから、この中の魔力を引き出して探知すれば、チーフの意識とコンタクトを取る事も、居場所を探すことも出来るわ」
「アイラさん…やれるのか?」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ」
任せろ、と、胸を叩く。
不安を抱えながら戦う彼の横に並ぶ力はないが、背中を支えることぐらいはできる。
この封鎖の魔術を解くのは簡単な事ではないが、それが仕事なのだから。