○ Brave sword ○
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戦いから帰ってきたジェンは、ひどく落ち込んでいた。
アイラのサーチから全ての反応が消えて、レイジスが怪我をしているという連絡を最後に、ジェンからの連絡はしばらく途絶えていた。
アイラが伝心の魔術を使っても応答がなく…。
ルカは心配になり、馬を出して現場まで様子を見に行こうとしていた。
馬の用意をして、ちょうど出ようとしていたところに、ジェンが帰ってきた。
戦いの後で怪我をしていても、いつも見ていて呆れるぐらいに元気いっぱいのジェンが、見るからに憔悴しきっていて。
ブルーから降りたとたん、地面に座り込んでしまった彼に、どこか大きな怪我でもしたんじゃないかと心配して声をかければ、返ってきた答えは予想外で衝撃的な内容で…。
とりあえず落ち込むジェンを家に入れ、今日も彼の体のあちこちにできた怪我の手当てをし。
その間に聞き出した詳しいいきさつに、ルカは大きくため息をついた。
クロウを連れ出したのは、やはりレイジス本人だったこと。
封印されていた怪物たちを解放したのは、クロウたち研究員だったこと。
アークナイトシステムは、彼らのミスを挽回するために急遽開発、実用化されたこと。
そして、そのせいでシステムに欠陥が残り、アークナイトへの変身を続ければ体が蝕まれていくこと。
アイラの手当てを受けながら、うつむいてぽつりぽつりと語るジェン。
細い体のあちこちにできた痣と、しょげ返った様子が痛ましい。
彼は本当に、何も知らなかったのだろう。
純粋に人々と世界の平和を守る為に戦っている…そう信じていたに違いない。
ルカは、アークナイトについて調べている間に、色々な情報を耳に入れていた。
そこにあったのは、錬金術協会やアムリタ研究所が、ジェンが信じているほど単純な「正義の味方」という話だけではなかったし、それが現実というものだと理解もしている。
アークナイトとして戦う二人は、どちらにも直接の身内はいない。
ジェンは両親を亡くしているし、レイジスは捨て子だったらしい。
彼らの前に実用化のための実験として採用された人間たちも、家族の居ないモノたちばかりだった。
それはつまり、その身に何かが起きたとしても、「残された遺族への保障」が必要ないワケで。
結局のところ、最初から彼らは使い捨てのコマとして、アークナイトに選ばれたのだろう。
世の中というのは、そういうものだ。
そのヒトコトで片付けられる自分が、たしかに心の中に存在する。
だが。
怪物たちから人々を守る為。
そのために傷つきながら戦うジェンの姿を見ていると、そんな言葉では納得できないという思いの方が大きい。
純粋に、いっそ痛々しいほどに戦いに向かう、彼の背中を見ていると……。
「私は、信じないわ」
手当てを終え、薬箱を片付けながらアイラがポツリとつぶやく。
「チーフが封印を解いたなんて…それに、システムにそんな欠陥があるなんて…。
私は絶対に、信じない!」
「…でも、チーフだって言ってたじゃないか。私の責任だ、って」
ジェンがうつむいていた顔を上げ、悲しそうにアイラを見上げる。
「それに、レイジスさんはこう言ってた。
『封印を解いたのはクロウとその仲間たちだ』って。はっきりとそう言ったんだ」
「チーフと、その仲間たち…?」
確認するように、アイラが小さくつぶやく。
何かを思い出すような彼女の表情を、ルカは静かに観察する。
アークナイトの開発を直接手がけていたのはアムリタ研究所…これは、今までの調べから確かだ。
ただし、不老不死の研究や不死の生命体に関する研究をしている所は、錬金術協会内にいくつもある。
金の精製と不老不死の研究は、協会の永遠の研究課題だ。
そして、不死の生命の研究をしていた部署のひとつに、アイラ・ロイズの肉親の名前が責任者として記されていた。
彼の事故死とともに閉鎖された、ある研究室に――。
ルカがそこまで思い出したところで、アイラの表情が変化した。
何か思い当たるフシがあるような…明らかに、焦った表情で。
ジェンもそれに気付いたのだろう。
アイラに向かって身を乗り出し、必死の表情で彼女を見つめる。
「アイラさん、何か心当たりがあるのか?!」
「…っ!しらないっ!私は、何も知らない!!」
ジェンの視線を振り払うように首を振り、アイラが激しく否定する。
その動揺ぶりを、ルカは心にしっかりと留め置いた。
錬金術協会の中枢を担う研究室は、今もいくつかの研究課題に分かれて存在している。
その内の1つであった人造生命研究室。
その元室長セオ・ロイズ…当初にらんでいた通り、彼はアンデットの件に深く関わっていそうだ。
沈黙を守ったまま、ルカはじっと2人を観察する。
「第一、信じない!アンタ、レイジスの…あんなヤツの言葉を信用するの?
あいつは研究所をめちゃくちゃにした男なのよ?!」
声を荒げるアイラに、ジェンが顔をゆがめる。
「でも、あんなレイジスさんを見るの、初めてだったんだ。
敵に翻弄されて…本当に苦しそうで…レイジスさんの言うことが本当なら、オレの体も――」
ダンッ、とアイラの拳がテーブルを叩いて立ち上がった。
険しい顔でジェンを見下ろす。
「そうやって、あんなヤツの言葉を真に受けて!
結局アンタ、戦いたくないだけなんでしょっ?!」
「…何?」
「怖気づいたのよ…1人で戦うのが怖いから、逃げたくなったのよっ!」
一瞬、ジェンの顔がこわばる。
その表情で、そのヒトコトが彼に与えた衝撃を思い知った。
ソレが、彼の図星を指したのだろうことも。
そして、アイラの目に過ぎる何かを後悔する表情…。
「――っ、ふざけるなっ!」
先ほどのアイラよりも激しい音を立てて、ジェンがテーブルを殴る。
勢い良く立ち上がり、彼は自分よりも遥かに小さなアイラを鋭い目で見下ろす。
握り締められた拳が、細かく震えていて…。