○ Brave sword ○

□プロローグ
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***


 雨が降っている。
 ザアザアと天から落ちてくる水と、軒先から滴る水滴の音。
 窓の外を見ても夜の闇と雨にさえぎられ、向かいの家の明かりすらも見えない。

 そんな、闇の濃い夜。

 マリーは店じまいをはじめようと、店の入り口に向かった。こんな天気では、もう客は来ないだろう。
 扉を開けたとたん、強い風が店の中に入り込む。
 吹き込む雨もとても冷たくて…看板を下ろし、急いで扉を閉じる。

 あの人の知らせを受け取ったのも、こんな荒れた天気の夜だった。

 濡れた上着をタオルで拭う。
 店の中に戻り、いつもポケットに忍ばせてある写真を取り出した。
 そこに写っているのは、かつての家族の姿。
 今より小さな娘と、今より少しだけ若い自分と、あまり変わっていない夫。
 老け顔だったことを気にしていた。結婚して子どもができてからは、若い頃と変わらないことを苦笑しながら自慢していた。
 最近発明されたカメラという機械にのめりこんで、小さな娘をかわいがって、あの子が笑う度にカメラを向けていた。
 どこかへ出かけては、あちこちの風景を写真にしていた。
 
 …よく、笑う人だった。

 あの時も、山へ行くと言って、笑って出かけていった。
 そのまま行方が分からなくなり、帰りを待ち続けて…もう、二度と戻ってくることがないと告げられてから半年も過ぎてしまった。
 半年も過ぎたのに、胸にはどこか、スキマが開いたままで埋められない。
 埋められない隙間に、あの日と同じ雨の音がしみこんでくる。

「…おかあさん」

 不意に背後から声をかけられて、慌てて写真をしまった。
 いつの間にかにじんでいた目元の涙を拭い、振り返る。

「ミーナ…どうしたの、眠れないの?」

 どこか悲しそうな顔の娘に近づき、しゃがんで目線を合わせる。
 娘は首を横に振り、母親を見上げた。

「おとうさんの夢をみたの。おとうさんが、ただいまって帰ってくる夢」
「そう…」

 それ以上何も言えなくて、そっと、娘の体を抱きしめる。
 こんな雨の夜だから、そんな夢を見てしまったのだろう。
 じんと熱くなる目元を、娘から見えないように拭う。

「おかあさん、なんだかね、今日はおとうさんが近くにいるような気がするの。おとうさんが帰ってくるような…」
「…そう。おとうさん、天国から私たちの様子を見に来てくれているのかもしれないわね」
「うん」

 ぎゅっと抱きついてくる娘の小さな手。
 そのとき、かすかなノックの音が聞こえたような気がした。
 はっとして顔を上げれば、娘も同じように店の出入り口を見つめている。
 店の中にいても、激しく吹き付ける雨の音がうるさい。
 きっと、風で吹き飛ばされた木の枝が、扉に当たったのだろう。
 こんな嵐の夜に、外を出歩く人間などいない。

 それでも、その乾いた音は胸のスキマに突き刺さるように響いた。

「…おとうさん?」

 娘のつぶやきに、まさかという気持ちともしかして、という気持ちが混じる。
 分かっている。
 夫の遺体も、ちゃんとこの目で確認した。
 葬儀も済ませた。
 分かっているのに…。

「おとうさん!」

 腕の中からすり抜け、娘が扉に向かって走る。

「ミーナ」

 分かっている。
 きっとあれは空耳だ。
 扉を開けても、そこにあるのは闇と雨だけ。

 でも、もしあのノックの音が本物なら?
 扉を叩いた誰かが、そこにいたなら?

 このところ店に来る客の、ウワサ話を思い出す。
 少し離れた農場に住む、弟の忠告も。

『最近のウワサ…人を襲うバケモノってヤツ。あれ、本当のことらしいよ?
ねえさんの家はミーナちゃんと2人だけなんだからさ、特に夜なんて気をつけてよね』

 そのときはバカバカしいと軽く聞き流した話。
 でも、こんな雨の夜は……。

「ミーナ、扉を開けちゃダメ!」

 娘の後を追いかけ、叫ぶ。
 しかし、もう既に遅かった。
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