○ Brave sword ○
□プロローグ
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娘はかすかに背伸びをしながら、店の扉を開いた。
吹き込んでくる風と雨に押され、娘の小さな体を引きずるように、扉が内側に開いていく。
暗く沈んでいた外に店内の明かりが差し込み、扉の向こう側に立っていた男を照らし出した。
のどの奥で悲鳴を殺し、慌てて娘を守るように抱き寄せる。
男を警戒して見やれば、彼はそのまま、中に入ろうという素振りもない。
吹き付ける風と打ちつける雨の中、古ぼけた外套を纏った男は、全身ずぶぬれのまま、そこに立ちすくんでいた。
濡れた黒髪から滴る水滴の向こう、じっとこちらを見つめてくる黒い瞳。
「…夜分遅くに、すみません」
男の口からこぼれた言葉は、想像していた事態とは正反対の内容で、穏やかにすら聞こえる淡々とした口調だった。
「もし、空いている部屋があったら、貸していただけませんか?」
最悪の状況ではなかったが、あまりにも突然の申し出にまじまじと男をみる。
男にしては、小柄で華奢な体格…とても丈夫とは思えない見た目なのに、長い旅をしている者特有の雰囲気を持っていた。
常に付きまとう孤独と、どこか疲れたような雰囲気…それにしては、荷物らしきものは彼の周りにはない。
濡れそぼった黒い髪が張り付く顔は、思ったよりも若い。
おそらく、成人して間もないぐらいだろう。若さと根拠のない自信に満ち溢れている、そんな年だ。
それなのに、目の前の青年にはそういった若さが感じられなかった。
それどころか、ひどく疲れているように見える。
雨に濡れ、こちらをじっと見つめる黒い目…その目が、あまりにも……。
ふうっと、知らず知らずの間に詰めていた息を吐く。
緊張を解き、娘を抱き寄せていた手の力を抜いた。
母親の気配を敏感に察知して、娘が不思議そうに見上げてくる。
娘に安心していいと笑いかけ、その微笑を目の前の青年にも向けた。
気付けばこの雨の中、青年は少しも扉の中に入ってこようとはしていなかった。
それどころか、まるでおびえているかのように、うつむきながら少しずつ扉から離れて行っている。
「外は寒いでしょう?とりあえず、中に入って」
そう告げると、青年は弾かれたように顔を上げた。
あまり変化のない表情の中、目だけが驚いたように見開かれている。
「部屋は空いているわ。でも、貸すかどうかはあなたのお話を少し聞いてからになるけど、いいかしら?」
中に入るように促せば、青年はおずおずと店の中に足を進めた。
扉を閉め、娘にタオルを取ってくるように頼む。
走り去る娘の軽い足音を聞きながら、青年の背中をそっと押す。
マリーは、びくりと驚く青年に優しく微笑んだ。
「奥の暖炉へどうぞ。そのままでは風邪をひくわ」
驚きと警戒に見開かれたままだった青年の目が、ふっと柔らかくなる。
「……ありがとう」
引き結ばれたままだった青年の口元に、かすかに浮かぶ笑み。
それを見て、心の中ではもう、この青年をどうするかを決めていた。