○ Brave sword ○
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「おかしいよ、ぜったい」
ぶーっと、ふくれっつらでカウンターに頭を乗せるミーナ。
昼食時の忙しい時間が終わり、大量に出来上がった汚れた皿を洗いながら、ファインは目を細めた。
少女のそんな姿を目にすると、いつも心が暖かくなる。
それが笑顔ならば、もっと…。
なぜそう感じるのか不思議に思いながらも、ファインは少女が頬を膨らます原因を尋ねる。
「ミーナちゃん、何がおかしいの?」
「昨日の、バケモノのこと」
告げられた言葉に、思わず手を止めた。
「あんな怪物が現れたのに、今日来たお客さん、誰も知らないんだもん。絶対におかしい」
「そうなのよねぇ」
ミーナの言葉に、テーブルの拭き掃除をしていたマリーが顔を上げた。
「私も気になって、知り合いの衛兵に聞いてみたのよ。
でも、調査中だから詳しいことは言えないって…」
「……そういうもんですよ、人間ってヤツらは」
ぼそっとつぶやき、皿洗いを再開する。
「理解できないものは認めたくない、闇に葬りたい」
見ないフリをして、いつもの生活を続けて…そうして目に入れなかったものが、世界から消えてなくなるワケでもないのに。
ミーナが、不思議そうな顔で見上げてくる。
「そんな風に言うと、なんだかファインさんが人間じゃないみたい」
少女のつぶやきに、ふっと、口元を歪めた。
泡だらけの手を水で流し、ミーナに向き直る。
「実は…怪物だったりして」
言葉と同時に、がおっと、ミーナに恐ろしい顔をしてみせる。
…らしくない、悪ふざけのつもりだった。
だが、その瞬間凍りついた少女の表情に、体の芯が冷えるような錯覚をする。
足元の地面がなくなり、どこまでも落下していくような感覚。
それは、ほんの一瞬だけ感じた――
「…ふふっ、変な顔〜」
おびえた様なミーナの表情が、すぐに笑顔になった。
「私、ファインさんが怪物でも、全然へーき。むしろ、愛しちゃうな〜」
にこにこと、目の前で笑う少女。
その笑顔に無意識のうちに微笑み返す。
「ミーナ、なにませたこと言ってるの。手が空いてるなら、外の掃除でもしてきてちょうだい」
「えへへ、はーい」
マリーとミーナの会話に、ようやく我に返った。
どこまでも闇に飲まれていくような感覚は、今はもう消えている。
あの感覚は、戦いに敗北した時のソレと同じものだった。
オレは、恐怖を感じたのか?
過ぎった考えを振り払うように、皿洗いに集中する。
それでも、集中しきれない頭の中でグルグルと回る疑問。
オレは、あんな少女の表情1つで、なぜこんなにも冷静さを失うのだろう?
「…でも、ファインさんには感謝してるわ」
不意に名を呼ばれて、ファインは弾かれたように顔を上げた。
「なんですか、マリーさん?」
話しかけられていたのに、何かを聞き逃していたのだろうか?
尋ねると、マリーは娘と良く似た…だが、どこか影のある笑みを浮かべる。
「貴方がウチに来てくれてから、あの子、父親のことをあまり言わなくなったの。
ミーナ、お父さん子だったのよ。だから余計に、あの人が亡くなったって聞いた時の落ち込みようは…」
『あの人』を語る時のマリーの目は、いつもここではないどこか遠くを眺める。
彼女の見ているものがなんなのか知りたくて、視線を追いかけて辺りを見回したのは…あれは、この家に来て間もない時だった。
何を見ているのか尋ねた自分に、マリーは驚きながらも、優しく答えてくれた。
もう二度と会えない人の姿を見るために、心の中の思い出を見ているのだ、と。
ソレからは、そんな彼女を見るたびに、ファインはいつも得体の知れない不快感に苛まれた。
治りかけの傷に爪を立てた時のような、じくじくとした痛みが胸を走る。
わからない。
いつも、ふとした瞬間にわけのわからない不調を訴える、不便な体。