両手いっぱいの花束を君に(31話〜)

□両手いっぱいの花束を君に32話
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ほんの少しの沈黙。
どこかためらうように吐息すると、ルルーシュは信じられないとでも言うように小さく呟く。

「……本当に…? だって、…スザクは、ユフィのこと…」
「…ユーフェミア様のことを、そういうふうに見たことはないよ。僕が好きなのは、ずっと昔から、君だけだ。ルルーシュ以外、…僕は、誰もいらない」

子供の頃から、ずっと君だけを愛してきた。
幼い恋心は、離れ離れになっても消え失せることはなく、強く燃え上がるばかりだった。
その激しすぎる想いに、自分自身戸惑い、勇気がもてず、ルルーシュをたくさん傷つけた。
けれど、もう迷わない。
抱きしめる腕に、さらに力をこめる。痛い、とまたも抗議されたけれど、気遣ってやれない。
ようやく、ルルーシュがこの腕に戻ってきたのだ。また、どこかにいってしまわないように、捕まえておきたい。
文句を言いながらも、ルルーシュはスザクがそうすることを許してくれている。
おずおずと背中にまわされる華奢な手。ぬくもりを感じながら、黒髪の甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「…あの、…スザク…? 俺は、…どうして、ここに…それと、どうしてこんな格好を…」

とんとん、と指先が軽く、後頭部をつついてくる。
スザクは、少しだけ腕の力を緩めた。小さな顔をまっすぐ見つめて、こつんと額をあわせる。
白磁の頬がうっすらと朱色に染まる。

「…君はね…」

スザクは、ゆっくりと説明する。
あの日、階段から落ちたルルーシュが、目をさますと、10歳のルルーシュになっていたこと。
辛い出来事を見つめていたくなくて、心が逃げてしまったのだということ。
10歳のルルーシュと話したことを。

「…僕は、自分のことばかり考えていて、君のことを思いやってあげられなかった。…君の心が逃げてしまったのは、僕のせいだ。僕は…」
「…ま、待って…スザク、…急がない、で…」

まだ、本調子でないのだろうか。ルルーシュは、わずかに眉をひそめ、何かに耐えるような表情を見せた。
自分のふがいなさに舌打ちする。

「ごめん。頭が痛いのかい? 気づかな…」
「そ、そうじゃなくて…」

ルルーシュは何かにこらえるように、唇を噛み締めた。
そんなふうにしたら切れてしまうのに。スザクは、ごく自然に、桜色の唇に触れた。
指先で軽く撫でるように。
唇がわななく。わずかに開いた唇。見つめ上げる瞳は潤み、絡み合う視線が、縫い付けられたように動かない。
どちらからともなく、唇を寄せ合い、くちづけをかわす。

一度は触れた、その唇。
けれど、今度は、ルルーシュもくちづけを望んでくれている。スザクは、歓喜に酔いしれた。
お互いに、キスにはまだ慣れていなくて、ほんの10秒ほどで、キスは終わった。
感触を確かめるかのように、ルルーシュは自分の唇にそっと指をはわせた。

「…スザク、…俺、…スザクに、話さなくちゃいけないことが…、ある…」

ふう、と息を吐き、どこか思い詰めたような顔で、ルルーシュが口を開いた。

「…俺も、…俺もね…、スザクのことが…好き。…大好き…、だから…ちゃんと…話さなくちゃ、いけない…から…」

再会して、ルルーシュは自分が女だったということを打ち明けてくれた。
けれど、それ以外にも、何か隠していることがあるのではないか、と漠然と感じていた。
受け止めようと思う。この両手をいっぱいに広げて、ルルーシュの心を受け止めて、そして、包み込んであげたい。
安心していいよ、とそう告げるかのように、ふわりと微笑むと、「その前に…」と、上着を脱いで、むき出しの肩にかけてやる。
夜は、まだほんの少し肌寒い。

「…ありがとう、…あったかい…。スザクに、…抱きしめられてるみたい…」
「みたいじゃないよ。…ほら、…ずっと、抱きしめててあげる。君が、許してくれるなら…」

再び、細い身体を抱き寄せる。安堵の吐息をつき、ルルーシュはスザクの胸に、甘えるように頭をもたせかけた。

「…シュナイゼル兄さまは、…俺を、自分の花嫁に、と…望んでいた。…俺は…」

落ち着いた口調で、ルルーシュは説明する。
以前、スザクに話したことは、真実ではなかったことを。
皇帝が、マリアンヌへの愛の証として、ルルーシュを皇位につかせようと男子として育てた、という話だ。
10歳のルルーシュが話してくれたのと同じ、ブリタニア皇族に伝わる結婚のならわしについて、ルルーシュは告げた。
とても、辛そうに。

庶民出のマリアンヌは、そのならわしを嫌った。
だからこそ、ルルーシュが花嫁に選ばれないようにと、生まれた時から、ルルーシュを男として育てることを決めたのだ。
だが、性別に関係なく、シュナイゼルは、ルルーシュを愛してしまった。
5歳のルルーシュと初めて対面したその時に、シュナイゼルは激しい恋に落ちてしまったのだ。

「…シュナイゼル兄さまが怖かった。俺を見つめる目が…他の兄さまたちとは違ったから…。母様からも、二人きりにはならないように、と…言いつけられていた。だけど…」

何かに捕まっていないと不安なのか、ルルーシュは、スザクのワイシャツをぎゅっと掴んだ。

「…スザクと別れて、ブリタニアに帰ってきて…。母様はもういなくて…俺には、もう頼れる人はいなくて…」
「…ルルーシュ、…辛かったら、…いいんだよ…」

真実を知りたいと思う。受け止めてあげたいと思う。
だが、こんなに苦しそうな顔を見たくはない。話すことが苦痛でしかないのなら、自分は真実など知らなくてもかまわない。

「…ううん、…大丈夫。…聞いて、…。俺が、13になった時…、シュナイゼル兄様が、…俺を…」

ずっと避けていたのに。二人きりになってしまった。
その好機を逃さず、シュナイゼルは、ルルーシュを自分のものにしようと、ベッドに押し倒したのだ。
まだ、ようやく生理を迎えたばかりの少女を、自らのものにしてしまおうと、ルルーシュに襲いかかった。
服を破られ、未熟な乳房をあらわにされ、唇を奪われた。
スザクの心に怒りがわいてくる。
ルルーシュを苦しめた男への怒りはもちろん、彼女が辛い時に助けてやれなかった自分に対しての怒り。
どうして、そばにいてやれなかったのだろう。
自分は、無力で、ただ、遠い空の下で、彼女を思うことしか出来ずにいた。

「…俺が、…怖がったのと…、その時、…突然大きな物音がして…。だから、…最後まではされなかった…。だけど、…俺は、…兄さまに裸を見られて…それで、…っ…」

自分は汚れているのだ、とルルーシュは泣く。
嘘をついた。スザクに。いつだって、自分に優しくしてくれた、大切な人に。

「…ごめんな、さい…。嘘、…ついて…。俺、…、…俺は…きたない…」
「…ばか。ルルーシュのどこが汚いって…いうんだ…」

泣きじゃくるを背中を抱き寄せる。
ルルーシュが、自分を責める必要なんて、全くないのだ。
嘘をついたことも、シュナイゼルとのことも、ルルーシュのせいではない。

「…ルルーシュは、綺麗だよ。とても、綺麗だ」

慰めでも、気休めでもない。心からそう思う。
ルルーシュの輝きは、容姿の美しさからのみきているものではない。たとえ、何があろうと、その輝きが失せることはありえない。
抱きしめる腕に力をこめる。甘く香る黒髪にキスをおとす。
気の利いた言葉など見つからない。ただ、抱きしめるしか、能がない。自分の無力さに歯噛みする。

「…ルルーシュ…、これからは…ずっと君のそばに…。僕がそばにいるよ。…君を、守るから…」

守る。どんなことをしても。
この国—エリア11で、自分は、名誉ブリタニア人だ。
権力などない。それでも、守ってみせる。どんなことがあっても、くじけたりしない。ルルーシュのためならば、どんなことでも耐えてみせる。

「…スザク…、もう一度、…キスして、くれる…?」
「ああ、何度でも」

涙でぐしゃぐしゃの顔で、ルルーシュがキスをねだる。
可愛いと思った。

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