短編
□そして残されたもの
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一ヶ月ぶりに鏡をみた。
鏡にうつされた自分の姿は、目を疑いたくなるほど変わっている。
目の下にはクマができ、髭はのび放題。頬はこけ、瞳は死んでるように光をなくしていた。
「…誰だこいつ。」
鏡にむかって独り言をつぶやく。やがて近くに置いておいた髭剃りを手にとり、髭をどんどん剃っていく。
いつもの自分に戻るため。
髭を剃り終わると、リビングへと足をやる。そこは以前とほとんど変わりなかった。変わっているのは、冷蔵庫の中身と、いつものコーヒーがないだけ。
冷蔵庫は一ヶ月前には沢山の食料が入っていた。
しかし今は、冷蔵庫には何も入っていない。
香が残したものだからできることならそのままにしておきたかったが、腐るのがわかっていたので仕方なく全部食べ尽くした。
もう食べることが出来ない香が作った料理の残りや、香が買ってきた野菜を、腐らせるなんて馬鹿なことはしたくなかった。
でも冷蔵庫の食料は10日もたてばほとんどカラになった。
だからといって、買いに行く気にはならなかった。
いや、最初から食欲など全くなかったのだ。
冷蔵庫がカラになれば、ベッドから起きあがる必要がなくなった。
一日中寝ている。
きっとそのうち、香が叩き起こしにきてくれる。
そんな有り得ない期待をもちながら…。
そんなとき、夢をみた。
「リョウ、あなたそんな顔してたっけ?」
「…香。」
「男でしょ?しゃきっとしてよ。それに私、髭のばす人って嫌いなの。」
「…。」
「ちょっと人の話聞いてるの!?」
「…あぁ。」
そう言うと同時に、リョウの目から涙がこぼれた。
「…リョウ。」
次の瞬間、香はリョウに腕を引っ張られ、ギュッと抱き締められた。
「俺の元に帰ってきてくれ。」
「…。」
「たのむから…。」
さらに強く抱き締めると、香もリョウを強く抱き締めた。
「リョウ、…ごめんね。」
そういって香はまるで空気のように、リョウの腕から消えていった。
「香!」
突然消えた香を探そうとするリョウ。しかしあたりがいきなり暗くなり、どこからともなく雨の音が聞こえてきた。
ふとリョウの目にぼんやり光がみえた。その光の中では、あの日の悲劇が繰り返されている。
「香!!」
ドサッと音をたてて倒れる香に向かって走り出したとき、現実に戻った。
それから寝ることもできなくなったリョウは、ただただ家にこもった。
まるでぬけがらのように。
そして悲劇から一ヶ月後、夢で見た香の言葉を思い出した。
「髭ヅラは嫌いだよな。」
リョウはある決心をした。
まだ死ねない。
やり残したけとがある―。
だからひとまず自分に戻ろう。
次にあの世で会える日のために―。