短編

□そばにいて 愛する人
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生まれてから今まで、辛いことなんて山ほどあった。
昔の俺なんて、不幸の塊みたいなモンだった。
だからこれ以上辛いことなんて、ないと思ってた。
でも、あんなの、今の俺に比べたら全然幸せだったって。
今更、こんな形で思い知らされてるぜ。
「リョウ。おまえ、またあの頃に戻る気か?」
いつも無口なマスターだが、俺の考えてる事なんてお見通しってか。こういう時だけ口を開かれても全然嬉しくねぇぞ。
「まさか。あんな風に無理に正気保つなんてこと、流石の俺でも疲れてやってらんねぇよ。」
「じゃあなんでそんな暗い顔しているんだ。こんな奴がいる店なんて誰も入りたがらないじゃないか。」
暗い顔って…おまえ目見えてないだろ?それにこの店に客が入らないのはおまえがマスターだからだろうが。俺のせいみたいな言い方してんじゃねぇよ。
それに―…
「…んなこと聞かなくてもわかってんだろ、海坊主。」
「…。」
「心臓も見つかった。それに持ち主は優しい良い子だ。アイツなら、香もさぞ喜んでるだろ。」
「だが彼女はまだ子供だ。」
「親の死は誰もが経験するもんさ。前にも言ったろ?」
「しかし彼女には、親との思い出が少なすぎる。」
「俺にはそんなもん、ひとつもなかったぜ?」
「…ずっと望んでて、やっとできた親なんだぞ。」
「だから最低限父親としてやるべき事はやったさ。アイツはもう俺がいなくても生きていける。」
「…本当に逝く気か?」
「あぁ。」
「おまえならわかるだろ?残されるものがどれだけ辛いかが。」
「勿論。だから俺は香の元へいくんだしな。今まで死にものぐるいで生きてきて、やっと幸せを手にしたと思ってたらまた死ぬより辛い思いして―。父親として少しでも幸せが戻ってきた所で死ぬのが一番良いんだよ。」
「だが―…」
「これ以上俺が幸せになったら、いつかまた死ぬより辛い思いをすることになるかもしれないからな。」
「…。」
「おまえにはホント感謝してるぜ、海坊主。」
「よせ。鳥肌が立つ。」
「それもそうだな。じゃ、またあの世で逢おうぜ。ファルコン。」
「リョウ…」
「最後くらいツケ全部払ってくよ。」
あるだけの金をカップの横に置いて、キャッツをでた。


香。悪ぃな、死に場所って言ったらここかおまえの死んだ交差点か家かしか考えられなかったんだ。
でも交差点は流石に人様の迷惑だろうし、家はまだアイツが使うかもしんねーし、何よりあそこだけは昔のままの思い出を汚さずに閉じこめておきたかったんだ。
だからやっぱここしかなかったわ。おまえと槇ちゃんが眠ってるここしか。
止めようとなんてしないでくれよ?今まで生きてきたんだから、もう楽にさせてくれたっていいだろ?
あの世でおまえにどれだけ怒られても構わない。いや、むしろ怒っていたとしてもおまえに会えるだけで幸せなんだよ。だから―…

ガァァーン…

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