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□言葉
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外は凍りつくような寒さに覆われ、町行く人達も足早と家へ向かう。
いつもは騒がしい歌舞伎町も猛烈な寒さのせいか人通りも少なく静かだった。
体から吐く息は一瞬だけ目の前を真っ白にする。
「ったくこんな日にマヨネーズが切れたからって人を使うなよな。」
辺りが薄暗くなってきた頃。山崎は土方に命令されて渋々買い出しにでていた。
ぶつぶつと文句を言いながらも頼まれた品を大量に購入して公園の前を通りかかった時、1人の男が目に入った。
(あれは…沖田隊長?こんな寒い時にあの人は何をしてるんだろう。仕事時間ももう終わってるハズじゃ…)
寒空の下、1人ベンチに腰掛けていた沖田総吾を不思議に思いながら、彼の元へ足を向けた。
「沖田ああああ!!!」
声を掛けようとした時、聞き覚えがある甲高い声に歩き出した足を止めると、自分が向かおうとしている男の名前を呼び駆け寄る少女の姿。
(チャイナさん?何故沖田隊長と…)
走ってきたのか、息を切らした万事屋のチャイナ娘神楽は沖田に可愛らしい笑みを浮かべると、銀ちゃんがなかなか出させてくれなくて。と沖田の横に腰をかけた。
訳も分からずその光景をただ立ち尽くして見つめる事しかできずにいた山崎は胸のざわつきに冷え切った拳を力強く握りしめた。
「おせぇよ。何分待たせてんでィ。あーあ、体が冷え切って俺もう死にそう…どうしてくれんだよ」
沖田はそう言うと神楽の額を小突いた。
慌てて誤る神楽に沖田は優しく笑うと白く細い腕を引っ張り抱きしめる。
どこからどう見てもカップルにしか見えないだろう2人は仲良く身を寄せ合っていた。
それに沖田隊長のあんな顔見たことがない。
握りしめた拳に益々力が入る
(なんで。)
頭の中で繰り返し流れる言葉で混乱しかけている自分の思考回路
いつも喧嘩ばっかりしてたじゃないか。
お互い罵りあってたじゃないか。
なのに
なのになんでだよ
「沖田大好き」
―ドクン。―
沖田の体に両手いっぱいに抱きつき幸せそうに微笑む神楽の言葉が心臓に突き刺さる。
ドクンドクンドクン
速度を早めていく鼓動
「沖田隊長。こんな所で何やってんですか?」
大きな目を丸くさせて驚いている。
気が付くと神楽の腕を掴み沖田から引き離していた
何が起こったのかわからない様子だった神楽もいつもと違う山崎の様子に掴まれた腕を振り払う事もしなかった。
「山崎。何怖い顔してんの?」
余裕を持つ沖田の言葉に怒りが込み上げる。
―ギリ。
「…隊長。副長が探していましたよ。帰りましょう」
震える声を必死に隠しながら問いかけると、沖田は静かに笑った
「神楽。悪いけどそう言う事でィ。今日はもう帰りな」
―神楽。
聞き慣れない呼び方にピクリと眉を潜める。手にあった柔らかい暖かさは呆気なく男に奪われた。
再び沖田の腕の中に入った神楽は2人の何とも言えない嫌な不陰気に素直に頷く。
その素直さも今の自分にとっては酷く残酷だ
「じゃあ帰るネ…ジミーバイバイ」
「あ…うん。気をつけてねチャイナさん」
聞き取りにくい程の小さな声に精一杯、不自然じゃないように笑いかけると、その笑顔に不安げだった神楽の顔も安心したように微笑み返してくれた
胸が…痛い
「沖田もまたナ」
そう言って走りだそうとした時。沖田がいきなり神楽の細い手首を掴み、そのひょうしで転び掛けた神楽を抱きしめると強引な口付けをした。
「んんっ!!」
目の前の光景に頭が真っ白になったと同時に何かがプツリと切れた音がした。
「じゃあ明日な?神楽」
離された唇を押さえ顔を赤く染めて、逃げるように帰っていく神楽の背中を沖田は面白そうに笑う。
のこされた男2人の間にはただならぬ空気が流れる。それを先に壊したのは沖田だった
「じゃあ帰ろうぜィ?山崎」
ガサガサと先を歩き出した沖田の肩を掴み自分へと向かせた。
「…………。」
「お二人とも付き合ってたんですか…?水くさいなぁ…」
沖田を捉える山崎の顔は長い前髪で表情を見る事ができない。
だが沖田も気にもせず冷め切った目で見つめ返した。
「あんた…知ってたでしょ?俺がチャイナさんの事を…好きだって事。なのに、何でですか」
低く霞んだ声で問いかけると、掴んだ胸ぐらに自然に力が強まる。
「何でって…アイツが俺を好きで俺もアイツが好きだったて事。」
「…ッ。じゃあどうして相談した時教えてくれなかったんですか!!!どうして協力してくれるなんて…」
―ガス!!!
ズササササッ
一瞬にして繰り出された拳は綺麗に右頬にヒットし、山崎は勢いよく倒れた。唇からは血が滲み出ている
「欲しかったから、それだけでィ。山崎ぃ…今のお前スッゲェ惨めだぜィ?」
そう言い放った沖田に山崎の体が反応する
惨…め?
だって…言ってくれたじゃないですか沖田隊長
「つ…ッ!!!ぁぁあああ゙!!」
砂埃を巻き上げ立ち上がると沖田に殴りかかるが簡単に避けられてしまった。だが自分も毎日監察だけをしてきた訳ではない
ガス!!!
山崎か放った拳が沖田に当たったが、すぐに体勢を整える所はやっぱりこの人は強いんだと教える
「山崎…お前誰殴ったかわかってんの?」
ペロリと唇の血を舐めとる姿と瞳は普段の甘いマスクなどを想像させないような冷め切った表情だった
「神楽はもう俺のもんなんだよっ!!!悔しかったら奪ってみな!!!」
高く飛び上がり右腕を大きく振りかざすと山崎の顔を強打し、倒れたすきに馬乗りになり巻き上げられた砂埃に包まれた
「…ぐっ。俺は…俺は!!絶対あきらめません!!!」
「テメェには無理だっつってんだよ!!!!」
沖田は再び拳を振りかざした。目を食いしばり殴られると思った時、腹の辺りに感じていた重りが消えた。
「総吾!!!!お前何してんだ!!!」
固く閉ざした瞳をゆっくり開けるとそこには息を切らした近藤が沖田の腕を掴んでいた
「…ッチ。何でもないですぜィ?ただコイツとちょっとじゃれてただけでさァ」
「じゃれてたじゃないだろう!!!お前何考えてんだ!!!!おい、山崎大丈夫か?」
近藤は山崎に手を差し出すが、山崎は手を借りず自力で起き上がると沖田に目を写す。
一方の沖田は何食わぬ顔で山崎を睨みつけた。
そんな2人に近藤はため息をしながら、帰るぞ。と一言だけ言った。
「俺…頭冷やしてきます。」
「あ?オイ!!待て山崎!!!…山崎!……………ったく、お前らどうなってんだ」
走って消えてしまった山崎を目でおうと沖田に問いかけた
「あーあ。山崎の奴マヨネーズこんなにしちまって土方のアンチクショーに殺されてもしらねぇからな。近藤さん、俺らは帰りましょうや」
地面に落ちたマヨネーズ入りの袋を持ち上げるとくるりと向きをかえ歩き出す。
近藤は沖田の様子みると呆れたように顔をしかめた。
「はぁっはぁ…。」
どの位走ったのだろうか。途切れた息を整えようと山崎はしゃがみこんだ。やはり体からでる息は目の前を一瞬だけ白くする
辺りはいつの間にか真っ暗になっていた
「ハァ…何やってんだ俺…」
ポツリと呟くと沖田を殴ってしまった己の拳を見つめる。
「何でだ…よ」
嬉しかったんだ。
あの沖田隊長が頑張れと言ってくれた時。
空を見上げると白い雪が静かに降ってきた。その真っ白な雪を見て連想させる少女の姿は幸せそうに笑いる
「絶対あきらめませんから…」
だって沖田隊長。
言ったのはあなたじゃないか
あきらめるなって
END