神の使徒とお昼寝

□月と白い花
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踊り子は散々皆を魅了しておきながら笑顔一つ残さず去っていった。パーティーが終わっても、その姿は鮮烈に記憶に残っていた。帰りの馬車に乗り込もうとしたときだった。街灯に照らされる踊り子の姿を見つけた。もう夜も遅いというのに一人で歩いている姿を見て、ティキは千年伯爵への説明もそこそこに踊り子を追った。


「お嬢さん。一人で夜道は危険ですよ?良かったらお送りしますが?」


話しかけると彼女は両足揃えて立ち止まってから振り向いた。警戒している様子もないが愛想笑いも何もない。間近で静止している状態で見る彼女は絵画のようだった。闇に咲く、花。


『夜道は平気。お気遣いありがとう。でも、ティキ・ミック卿がただの踊り子に手を出していいものかしら?』


「俺のこと…」


『あなたこそ、早くお帰りになったほうがいいでしょう。それとも、ついてくるおつもり?』


誘われてるのか拒まれているのかも判断しかねる。これを逃したら次に会うことはできないかもしれないと考えると答えは一つだった。


「今夜は満月。散歩でも?」


『素敵』













一緒に歩いているものの、何を話せばいいことやら。彼女は不思議だった。無愛想なのに人を跳ね返さない。かと言って近くにも入れない。彼女なりの人付き合いなのだろう。向こうにアーチ場の橋が見えると彼女は指差し、あそこまでは連れてってと言った。名残惜しくもあるが満月のもとの別れもなかなか乙なものかもしれない。


「ああいった場所にはよくおいでになられるんですか?」


『さっきから思ってたけど私、その喋り方嫌い』


「…は?」


『普通の話し言葉でかまわないわ。私も堅苦しいのは嫌いなの』


「…ぷ、はははは!!なんだ、せっかく紳士的になってたのバレバレか。じゃあ、俺がこんなんだって知ってたわけだ」


バレていたのにわざわざ丁寧に喋っていた自分が傑作だ。お高そうな印象のわりに寛容なようだ。


『私、あなたのこと知っているもの』


「知ってて誘いに乗ったってことは脈ありと見ていいのかな?」


『さぁ…でも、凄く素敵だと思うの』


もう、橋の前。彼女は月を見上げながら橋の中央までヒールを鳴らした。歩みを止めると月を眺めて息を吐く。なんて悩ましげな姿。橋の手すりに腰かけた彼女は手招きする。黒い袖から伸びる手は闇に浮かぶ真っ白な花のよう。背筋をなぞるようなゾクりとする感覚とほんの少しの好奇心が足を動かす。彼女に操られているみたいだ。


『お別れね』


「橋までってなかったことにしてもいい」


『約束は守られてこそ美しいのよ。だから、サヨナラって言ってちょうだい』


「その後にまた会いましょうは?」


『どうかしら?』


彼女の手が手袋をしたままのティキの手を胸元まで案内した。ちょっと力を入れてしまえば橋の下に落ちてしまうというのに。ティキの手のひらには確かな彼女の鼓動が伝わる。手ばかり見ていたが、ふと彼女の表情を見ると全身が石になったようだった。微笑んだ彼女に見つめられて魔法にかかる。心臓を抜かれてしまいそうな、抜かれたような。


『ねぇ…人を内側から壊すのってどんな感じ?』


我に返り、少しだけ手に力がこもる。裏の顔を知っているような物言い。左手でティキの手を胸にあて、右手はティキの頬を撫でる。右手は酷く冷たくて全ての温度を奪われてしまいそうだった。


『少し肌の色が違うみたいだけど、一目見て絶対にあなただと思ったの。今日はあなたのために踊ったのよ。ちゃんと見ててくれて嬉しかったわ』


「まさか…知ってるって…」


『一目惚れってしたことある?愛しているのよ。だから、あなたにサヨナラって言ってほしいの』


彼女が願うサヨナラはティキにしかできないサヨナラ。ティキはゆっくりと手のひらに伝わる鼓動の大元まで手を伸ばす。全く変わらないテンポで刻む鼓動とは対象的にティキの鼓動は大きく速い。目を閉じて微笑んだ彼女は美しいままで心臓を無くして死ぬ。その姿は何よりも完成されたものなのだろう。


「サヨナラ…」











君が咲くのはこの夜だけ。

君は名前も知らない、夜に咲く白い花。











*****

あとがき

しっとりと静かにダーク。そんなものを目指しました。
夜に咲く花というのは白いものばかりなので、彼女は黒(夜)を着せつつ白であってほしい(願望です)

突発的に書いたので管理人の中でも彼女はミステリアスです。
また書いてあげたいような…しかし、このまま未完成の完成を見たいような…












「また会おうな…」


ティキの手は、何も掴めなかった。代わりに口づけをすると、彼女は首を傾げた。純粋な狂気は彼女を壊したがっていたが、それでは何かもの足りない。彼女に心臓を掴まれているのも悪くはない。


「残念ながらお嬢さん、今宵は満月のため俺は嘘つきな狼男だ。お嬢さんは俺に惚れたんだろ?だから、お嬢さんには、サヨナラ、また会いましょうだ」


『私は今日しかあなたの誘いに乗らないかもしれないのに?』


「いいや、また会う。約束は守られてこそ美しい、だろ?」





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