短編集
□怖いものは何も無い
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くぁっと大きな欠伸をすると、同居人がクスクスと笑った。
「なんだよ」
「いえ。眠いのなら、寝ればいいのに。と思いまして」
同居人はコーヒーの入ったカップの1つを俺の前に置き、自分の分を向かいの席に置くと座る。
「別に眠くねぇよ」
我ながら、嘘が下手だ。と感じてしまう。
昨日は一晩中街に出ていて、朝帰り。それから一睡もしていないのだから眠くないほうがおかしい。
「無理しなくていいですよ?僕は平気ですから」
こいつは自分のせいで他人が我慢するのを極端に嫌がる。
けれど、誰にでも譲れないものはあるのだ。
ここで寝てしまったら、早く帰ってきた意味が無いじゃないか。
ふと窓の外を見る。
朝から降り続けている雨は一向に止む気配は無い。
「よく、降りますね」
「台風が来てるみたいだからな」
シンと静まる小さな部屋に2人の声が響き渡る。
「台風か。僕、雨苦手なんですよねぇ」
「へぇ」
んなこと、とっくの昔に知っている。
雨の日は、ほとんど寝つけていないことも、凄く苦しそうな表情をすることも。
きっと本人は気付いていないと思っているだろう。
だから、俺も知らない振りをしてきた。
「おい、居候」
「なんです? 」
奴はクスクスと笑い、首を傾げる。
俺は、ポケットから煙草を取り出してくわえる。
「俺はな、高いところと雷が苦手だ」
「そうでしたか……大丈夫ですよ。僕がいますから」
「そのセリフ。そっくり返してやるよ」
静かだった部屋に笑い声が響く。
お前がいてくれるから
怖いものはなにも無い