宝物

□君だけの特権なのに。
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 腹立たしい。
 何も言わない彼奴が。
 何も言えない僕が。





   * * *





 同じ血の流れている、実の姉であるルーティ・カトレットの方が、その青年との出会いを早くに迎えた。
 それ故に当然と云えば当然なのだろう。ルーティからの一方的な討論が始まったかと思えば、二人の周囲には言い様の無い落ち着いた雰囲気が漂っている。
 神の眼の奪還の為、旅に同行させたフィリア・フィリスは、その青年に対しいつの間にか特別な意思での眼差しを向けていた。
 青年と語らっていると、二人の周囲には甘く柔らかな雰囲気が漂っている。
 最近旅に同行するようになった、王家の人間であるウッドロウ・ケルヴィンとも面識があるらしく、ウッドロウもまた、その青年に好意を持っていたようだった。
 ルーティやフィリアと違い、面倒見の良い性格上での好意だとは充分に理解出来るが、当の青年はウッドロウに対し尊敬の眼差しを向けている。
 それ等の光景が双眸と心に痛く、それ等の関係が劣等感を生み、ただただ溜息を吐き出した。
 今もまた、青年は自分の複雑な心境等微塵も知る由も無く、仲間達に対し平等なる笑みを向けている。
 そんな日々が心底嫌で、双眸を逸らしてしまいたくて、代わりに顔を伏せた。
「あんたの所為よ! あんたが邪魔したから、この街に着くまでの間全然儲からなかったじゃない!」
 テーブルに肘を着き、テーブルの木目をぼんやりと眺める。
 賑やかな酒場の中、騒々しい聞き慣れた声が響き、鬱陶しくて眉根を寄せた。
 またルーティが些細な事で腹を立て、一人の青年を責め立てているのだと容易く予想出来る。
「ルーティさん。どうか落ち着いて下さい。それに怪我も無く到着出来て良かったじゃありませんか」
「フィリアはコイツの肩持つ訳? 前々から思ってたんだけど、フィリアってコイツにだけはいつも以上に優しくない?」
「そっ、そんなっ、そんな事はありませんわ! 私はただ……!」
 五月蝿いと静止を促す言葉が喉まで出かかったが、ルーティを宥めようと試みたフィリアの、露骨に焦りを帯びた声音に表情を一層歪めた。
 そんな慌て様を見せつけられて、気が付かないのは好意を寄せられる当の本人だけだろうと、内心で不満を吐く。
 隠すつもりなら全て隠し通し、誤魔化すつもりなら全て誤魔化せと身勝手な考えも紡いだ。
「ルーティ君。もしあのまま無理に戦闘を続けて怪我をしていたら、治療費を出さなくてはならなかったかも知れないよ」
「うっ……治療費ねぇ……だ、大丈夫よ! あたしにはアトワイトが居るんだから!」
『自業自得の怪我なら、私は手を貸さないかも知れないわよ?』
「何よ、アトワイトまで。皆してあたしが悪者みたいな言い方しちゃって」
 ソーディアンにまで注意を促される、そんな現状が自業自得だろうとまた口が開きかけたが、それに対する呆れよりも不満が勝っていて、発言に至りはしなかった。
 一人の青年を軸に、ルーティとフィリアとウッドロウの三人が、話に華を咲かせている。
 その中に加わりたくはなく、極力仲間達から顔を逸らし、沈黙だけを守り続けた。
 胸の内に不愉快な重みが混じり合い、不快感に双眸を細める。
 テーブルから離れずに、賑やかな酒場の中一人の時間を過ごしていると、ふと自分に陰が覆い被さるのを知り顔を上げた。
「リオン、どうしたんだ? さっきから何か様子が変だぞ?」
「スタン……」
 心配そうに自分を見下ろす青の双眸。
 それに思わず驚いてしまい、小さな声でその双眸の持ち主の名を呼んだ。
 当の本人が無自覚とは云え、三人の話題を盛り上げた青年。
 そして胸の内を掻き乱す張本人でもあり、露骨に表情を歪めて見せ直ぐに顔を背けた。
 椅子から立ち上がり、部屋へと足先を向ける。
「万年おかしいお前に変だと言われる筋合いは無い」
「あっ、リ、リオン!」
 暴言を言って退け、歩み始めた途端、腕を掴まれて双眸を見開いた。
 反射的に振り返り自分の腕を見ると、スタンの大きな手が行動を制していて、羞恥混じりの不満が込み上げる。
「っ……離せ!」
 その手を間も置かず振り解き、きつく眇めた双眸で容赦なく睨めた。
 賑やかな酒場では、ルーティとは違いリオンの声等響きはしなかったが、スタンには充分過ぎる声量だったようで青の双眸を丸くさせている。
 何故リオンが今不機嫌なのか。スタンがそれを把握し、そして原因を理解しようとするまでに至りはしないと胸中に弾き出して、再び部屋へ歩み始めた。
 背後からまたかと溜息を吐くルーティの呟きが聞こえたが、一切相手にせず部屋に続く階段を上がる。
 腹立たしい。
 その一言を胸中で吐き出した。
 三人や、スタンに対してだけではない。
 あまりに腑甲斐ない自分に対しても内心罵倒を延々と浴びせ、歩調を速めた足で扉の前に辿り着いた。
 扉を押し開いてから室内に足を踏み入れ、直ぐに閉めると部屋で寛いでいたらしい仲間と双眸が合い、愛想無くフイと顔を背ける。
「これはまた随分とご機嫌斜めだな。下で何かあったのか?」
「別に……お前には関係無い」
 歩調や扉を閉める手、放つ雰囲気で何かを悟ったらしい吟遊詩人が、普段の調子で声を掛けて来た。
 しかし今は何事も鬱陶しいだけで、愛想の無い一言のみ突き返す。
 それにクスリと小さく笑われるとカッと不満が込み上げ、向き直るなり鋭利な眼差しを向けた。
「やれやれ。またスタンと何かあったみたいだな」
「なっ……黙れ!!」
 罵倒でも吐こうかと口を開くも、予想外の指摘が耳に入り息を呑む。
 冷静を繕う暇もなく、ただただ静止の声を荒々しく放つと、その男は笑みを絶やさず小首を傾げた。
「安心しな。俺は馬に蹴られる趣味は無い。一々口を挟みはしないさ」
「……どうだろうな」
 笑みの態とらしさに、自然と口から不審の意思を零す。
 それにすら喉で笑む様子を冷ややかに見据え、緩く腕を組んだ。
 リオンと違い、愛想良く微笑みを浮かべる男は、軽い人間と見られがちではあるもののスタンに信頼と尊敬を寄せられている。
 人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られる。
 普段から自分の思考を読み取らせやしない男、ジョニー・シデンはそう言いたかったようだが、今は信用出来るものが皆無に近く表情を歪めた。
 最早反論も暴言も、思案する事すら面倒臭い。
 それ以上は敢えて何も言わず、空いたベッドに歩み寄り静かに腰掛けた。
「なるほど。否定しないと云う事は、そう云う事か」
「五月蝿い」
 ジョニーの納得したような声音が耳に届き、冷ややかな一言だけを返しながら腰の愛剣を外す。
 愛剣、シャルティエの輝くコアクリスタルを僅かな間見下ろしてから、傍に立て掛けマントにも手を掛けた。
「ハハッ、まぁ、そう照れる事もないだろう?」
「誰がいつ何処でどう照れた」
 取り外したマントを軽く畳み側に置くと、次いで気楽な言葉が聞こえて深く眉根を寄せた。
 極力視線を合わさないようにと顔を背けていたが、次ぐ言葉は不快感だけを与えて直ぐ様反論を返す。
 するとジョニーは手にしていたリュートを一度だけ弾き、部屋に柔らかな音を響かせた。
「いや、お前さんがこの前じっとスタンの寝顔を眺めてるところを、たまたま見かけちまってな。それで惚れてるんじゃないかと思ったんだ」
「なっ……」
 あっさりと告がれた指摘に、思わず大きく双眸を見開き、息を詰まらせる。
「貴様っ、何処から覗いていたと云うんだ!! あの時は確かに何の気配も無かった筈……!!」
 指摘には心覚えがあり、腰掛けたばかりのベッドから立ち上がって疑問を吐き出した。
 知らずの内に頬に熱が渡って行く。
 以前滞在していた街の宿屋で、リオンは確かに、スタンの部屋に足を運んだ。
 部屋に足を踏み入れるとベッドに横になったスタンが見え、大した用件でもなく一度は引き返そうとしたのだが、気付けば自ら自然とベッドに歩み寄り、スタンの穏やかな寝顔を眺めていたのだ。
 無意識での行動だった為に記憶は容易く蘇り、羞恥も込み上げる。
 そして、キョトンと驚いたように瞬きを数回繰り返すジョニーの姿に、我に返った。
「……カマを掛けただけなんだが」
「ッ……」
 暫くの沈黙の後、申し訳なさそうに曇った笑顔で意図を白状され、頬に益々赤が広がる。
『……坊ちゃん。張り合ってもこの人の思うツボと云うか……勝てないと思いますよ』
 シャルティエからの冷静の促しが、一層リオンから立場を奪い取った。
 怒りに思考力が失われていたのか、ただただ自分の浅さかさに嫌気が差し、小さく舌を鳴らす。
 自分を抱き締めるように腕を組み、行き場のない視線を逃がす為、床を鋭く睨めた。
「……焦る気持ちも分からなくはないぜ。スタンは鈍感だからな」
「それ以上くだらない事を言ってみろ……容赦なく、斬る」
 部屋を出たくなければこの場に居たくもなく、その場に立ち尽くし物騒に言って退けた。
 視界の端に溜息を吐くジョニーが見え、組んだ腕を掴む手の力を強める。





 
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