小話
□冷たい温もり
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カチリ、コチリと。
規則正しく刻み続ける機械音だけが、この部屋のすべてだ。
酒の入った身体が重い。
白いシーツの上で腰を捻ると、鈍い音を立てて、胸板がベッドの表面に打ちつけられた。
火照った額に手を当てて、頭上の液晶画面を覗きこむ。
10/10 PM 23:45
速度を緩めようとしない小さな箱を睨み付けてみても、何も変わらない。
力なく、生ぬるい息をはぁと吐き捨てる。
カチリ。
コチリ。
ピンポーン。
カチ、カチリ。
「……?」
沈みかけていた意識を引き戻して、気だるい頭を持ち上げる。
髪の毛を乱暴に掴みながら、確かに鳴ったよな、と玄関の方向へ目を向けた。
思いつく面々には、もうあらかた祝いを受けた後だ。
何にせよ、こんな時間に来る奴は既に時効だろう、なんて悪態をつきながら扉に向かう。
まだ祝ってもらっていない人間、なんて。
居るはずの無い存在に期待をかける意味はない。
思い浮かべるだけ無駄なのに。
「はいはーい、どちら様…」
一瞬のうちに上半身を包み込まれた感覚に、思考が停止していた。
ドアノブにかけていたはずの手は、今はもう宙を漂っていて。
目の前には見慣れたコンクリートの廊下と。
視界の端に、見覚えのある黒い髪。
鼻先をかすめる、やけに落ち着く匂い。
「…ただいま」
くぐもった声と一緒に、抱きしめられている腕に込められた力が強くなった。
「…緊急の、任務だったんじゃ……」
何が起きているかわからないまま、かろうじて思い付いた疑問を返す。
急な特別任務が入ったから一緒に過ごせないと、告げてきたのは自分のくせに。
どうして、今さら。
「終わらせた」
「…う、嘘つけ。どうやったって終わるのは三日後になるって…」
顔を上げようとして、身体を引き剥がすために腕を伸ばす。
力を込めて押しのけようとした途端、手首を掴まれて、首の裏に回された。
「だから、終わらせたんだよ」
目の前に現れた表情に、言おうとしていた言葉が詰まる。
頼りなく光を宿した瞳。
荒い息。
傷だらけの四肢に、泥も落としていない指先。
拭き取られていない返り血の跡。
疲れ果てた身体を引きずるようにして、もう一度、強く強く抱きしめられる。
「…誕生日、おめでとう……」
締め付けられた反動で、首に置かれていた腕が、ゆっくりと背中に移動していく。
露出された肩の表面を、手のひらがゆっくりとかすめた。
「冷てぇ……」
「…誰のせいだよ」
凍えるように冷めた、肌。
こんな身体で、一刻も早く戻るために。
この場所に、帰るために。
「…ありがとう」
回した腕に力を込めて、首筋に額をうずめる。
そのまま、氷のような温度の唇の上に、そっと、自分の顔を重ねた。
fin.