黒豹奮闘記
□第弐幕
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「近藤さん、居やすか?」
『!』
襖越しに聞こえた声に×××は全身が固まるのを感じた。
この声は…大っ嫌いなあいつだ。
武州に居た頃から喧嘩ばかりしていたあいつ。
昔からあいつの自分を見る目には恨みが篭っていた。
当たり前だ。自分は幼い頃に両親を亡くしたあいつが親以上に慕ってきた姉や近藤さんを奪ってしまった様なものだから。
更に自分は、体の弱いミツバを世話になったにも関わらず、一枚のメモを残して彼女を一人あそこに残してきたのだ。そんなの彼女を見捨てたをも同然だ。
例え自分が何か思いを抱えてミツバの元を去ったとしても、あいつには分からない。いや、あいつでなくても分からないだろう。
まぁ自分の心の弱さ故にミツバの元を去った後から、記憶に霧が掛かった様に思い出せないのだが…
とにかく、あいつにどんな罵倒を浴びせられようが耐える覚悟をして来た…はずだった。
しかし、やはり相手を間近に感じるとどうしようもない恐怖が襲ってくる。
心臓がバクバクと嫌な騒ぎを起こしてきた。背中に冷や汗が伝う。
「おぉー、総悟か!お前がこの部屋に来るなんて珍しいな」
×××の様子に気付く事なく近藤は沖田に答えた。もちろんバレたくなかった×××は何とか冷静に見える様に務めていたのだが。
「いやァ、来客中だっていうんで誰かと思いやしてねィ。入りやすぜ?」
「おうよ。きっとお前も喜ぶ客だぞ」
『ぇ、ちょっ…!』
慌てる×××を余所に襖はスッと開かれてしまった。
栗色の髪に端正な顔立ち。
正しくそれは×××の会いたくない奴No.1の沖田総悟だった。
「なんでィ、土方コノヤローも山崎も居たん…」
土方から自分に視線を移した途端、あいつの表情が固まった。それはもう石像の様に。
『そ…ご……』
あまりの緊張からか掠れて上手く声が出ない。この場から逃げ出したい衝動にかられるが、体が言うことをきかなかった。
「……×××…」
沖田がそう呟いた次の瞬間だった、
カッ
刀に手をかけたかと思うと、沖田は×××目掛けて斬りかかってきた。
『!』
ガキィイィイイン!!
間一髪で自分も愛刀を抜き、沖田の刀を受け止める。
「フン…よく反応出来たなァ…褒めてやらァ」
『総悟、おまっ、何しやがんだ!』
「何ってお前…抹殺?」
『疑問形で聞いてくんじゃねェエエ!!』
×××は叫んだ勢いに任せて沖田を押し返した。そんな二人の様子を呆然として見る三人。
「死ねよお前。てか俺に殺されろィ」
『なっ、ちょ…っ!待てやァアア!!!』
ガキンッ!!!
『ぐっ…っ!』
やばいよ、力加減がこいつ本気だ…
男と女じゃ力の差は嫌でも出る事くらい分かってる…だからこそ速さで挑む様にしてきた。でも罪悪感のある相手に向かっていつも通りに刀をふるえる程、自分も腐っちゃいない。
「力じゃ男には叶わねぇーぜィ?」
『!』
そう言われた瞬間、思い切り刀で振り払われ普段なら有り得ない事だが、刀を吹っ飛ばされてしまった。
やはり今の自分はこいつ相手にまともに戦えない。
恨まれても仕方ないと思っていた。
だが殺意が芽生える程だったとは…
沖田は×××が本気で向かって来ていない事は分かっていた。しかし、この怒りはもう止められなかった。
吹っ飛ばされた刀を拾おうともせず、ただ自分を見ている×××に近付くと思い切り胸倉を掴んだ。
「てめぇ…今まで何してた?」
『………』
「何で姉上を見捨てる様なマネしやがったんでィ!!」
怒鳴り声を上げると沖田はそのまま×××を壁に叩き付けた。
『っ……』
背中に鈍い痛みが走る。
憎悪に燃えた沖田からの殺気が絡み付き鳥肌が立った。
「答えろ…テメェに…!!一人あそこに置いて行かれた姉上の気持ちが分かるか!!!」
ドカシャァアン!!!
沖田に投げ飛ばされた×××は障子を突き破り隣の部屋まで突っ込んだ。