黒豹奮闘記
□第弐拾弐幕
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辺りを静寂が包む。
真選組や残り僅かな攘夷志士さえもその光景を呆然と見ていた。
ポタポタと刀を伝い滴り落ちる血。
腹を貫通して見えた刃。
彼女の足元に広がっていく血溜まり。
刺された本人も、ただただ自分の腹に突き刺さった刃を呆然と見つめていた。
「あ…ぁ…×××、さん…×××さんっ…っ、いやぁぁぁぁぁぁあ!!!」
辺りに広がっていた嫌な静寂を突き破り、すみれの絶叫が響き渡る。
それに続いて覆面男も声を張り上げた。
「フフ…ふははは!終わったな!お前は終わったんだ。お前は結局何も守れやしない。俺は知っているぞ!貴様の過去をな!」
「なっ…!?」
覆面男の言葉に思わず近藤が声を上げるが、男は興奮しながら構わず続けた。
「そうだ!お前は両親を天人に殺され、何も出来なかった役立たずのみなしご!!いくらお前が天人を討とうと足掻いたところで貴様の様な侍は、我々のように利口な者には勝てんのだ!!そして今回もお前は大切な者達も何も守れずに俺に殺されるのだ!!負け犬としてな!!」
勝ち誇り、笑いながら覆面男が呆然とする×××の顔を覗き込む。
その時だ。
『ふ…っ、くっ……』
呆然としていた×××が不意に俯き、唇を噛み締めながら肩を震わせ始めた。
そして、
『っ、あははははははは!あーははははっ!』
「なっ…!?」
「「「!?」」」
予想外の×××の行動に一同が驚く中、×××は気が狂ったように笑い続けた。
そして、自分に突き刺さっている短刀を左手で鷲掴みにする。
×××の細い手が切れて血が伝うが、それでも×××は笑い続けていた。
「っ!貴様…!!(刃が動かねェ…っ!)」
『あははははっ!利口?どこがだ?テメーらこそ、姑息で残酷で醜悪な人間の癖に!!テメーらは侍の恥だ!!クズだ!!そうだろう!?っ、ぷははは!天人に媚びへつらい、己が利の為には仲間も、家族だって差し出す!!とんだ化け物だなァ!!テメーらみたいな人間の方が天人よりよっぽど腐ってらァ!!あはははは!ははっ…は…!』
×××は力の抜けかけていた右手に力を込める。
笑いを納めた×××の顔には恐ろしい程の憎悪と悲しみが満ちていた。
彼女の想いに応えるように刀がガチャリと音を発てる。
『分かるか?貴様に…』
「っ…!!」
『俺の…“わたし”の気持ちが…?』
血液不足とにもかかわらず、笑い過ぎたせいで息が乱れるが、×××は構わず覆面男を睨みつけた。
『フン。だから俺は決めたんだ。今ある大切なものだけは守ると。例え自分の命に代えてもなァ!!』
「ッ…俺を殺すつもりか?だが、このまま動けば貴様とて腹が抉れて死ぬぞ!!」
刀を振りかざす×××に恐怖を覚えた覆面男が真っ青になりながら言うが、×××はそれすらも嘲笑うように笑みを広げた。
『ハッ…だからどうした?言ったろ?俺の命に代えても守る、ってな』
「やめろッ!!×××動くなァァ!!」
「やめてく…ギャァアァアア!!」
沖田が声を上げるも、×××はそのまま躊躇いなく右手を真横に引くと、男の頭目掛けて刀を振るった。
覆面男の叫びも虚しく、ドッ!という鈍い音と共に覆面男の頭には×××の刀が突き刺さっていた。