捧げもの

□わかっているのに虜になった
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僕は五感で恋をする

その美貌に惹かれ、囁きに酔いしれる

香りの甘さに驚きながら、しっとりとした肌に体を重ね、我を忘れてくちづけを交わす…

ルルーシュとの関係はずっと変わらない

現実には視覚と聴覚でしか彼を知れず、あとの三つの感覚は妄想の世界でしか出番がないところも

できることなら、自分からにじり寄りたい

が、スザクの強固な理性が、彼の全身の神経と筋肉を縛り、司(つかさど)り、侵してはならない理論上の境界線を越境することをどうしても許してくれない

つまり、ルルーシュに関してだけ小暗く甘やかな妄想が、現実を凌駕してしまう

また、ルルーシュは多かれ少なかれ、スザクやスザクのような男を「その気」にさせる変な才能があり、妙な罠を仕掛けるのだ

ああ……このどこからかあふれ出る言葉を、どの形にして君に手渡せば正解なのだろう




わかっているのに虜になった




世界そのものは信用ならず不確定だ

心証や直感は全く意味をなさず、見えたものや感じられたものがその通りのこともあれば正反対のこともあるといった具合に

付き合ってみれば、当人の性格や振る舞いによって印象は補正されていくが、誰であろうと第一印象と実体との間に落差を抱えている場合がある

それはルルーシュ・ランペルージという人物においても例外ではなかった

「いいか、この記述問題はこう解くんだ」

「なるほど! さすがルルーシュ」

定期試験二日前、軍務が忙しく、全く勉強する時間がとれなかったスザクは、試験範囲の問題をルルーシュに教えてもらっていた

見れば窓の外は茜色、垂れ込めた雲に陽が落ちかかっている

暮れていく租界の景色をずうっと眺めていることもできた

満ちた潮の大きく引いていく時の波打ち際のような寂寥(せきりょう)が漂う

そこにあるすべてのものと隔(へだ)たりながら繋がるような、不思議な時間

「けどルルーシュは、頭脳にかけては本当にすごいよ。これであと、もうちょっと体力があればいいのにね」

「頭でっかちの筋肉馬鹿には言われたくない台詞だな」

ちょっと刺(とげ)でひっかくと、短剣でズブリとやり返す

そう、それがルルーシュだ

たとえ相手が子供だからって手加減なんかしない

それでも欺瞞と苦渋と神経戦に満ちた学園生活を辛うじて耐えられているのは、ルルーシュが変えてくれたおかげでもある

編入当初はクラスメイトたちの怨嗟の視線を浴びながら、重たい気持ちをあまり顔にださないよう、なるべくそっけないなんとも思っていない顔つきを装ったまま通っていたのだから

その頭脳は明晰(めいせき)で、大量の余裕を有している

「口より手を動かせ。さっきから動きが止まってるぞ」

「はーい」

言葉は便利なようで不便だ

もの凄くたくさんいろんな語彙を駆使したところで全然伝わらない時は伝わらない

切迫した感情で遣うと空回りする

独善的なものと割り切って、人に向けて放つ時は辛らつな言葉ほど自分に向けていう慮(おもんぱか)りがないと、むやみに傷つけあうだけで、お互いの内在する心を映す鏡がどんどん曇ってしまう

「出来た。問題、解けたよ」

「……やればできるじゃないか」

「これでなんとか間に合いそうだ。付き合ってくれてありがとう」

「報酬はきっちり払ってもらうぞ。お前の体でな」

平然とそう言ってのけたルルーシュは、スザクをひたと見据えたまま凄艶(せいえん)な微笑をその口許(くちもと)に浮かべる

――困ったな

スザクは密かに微苦笑を漏らす

ルルーシュに関する悩みが、いちばん難しい

ルルーシュから与えられた悩みが、いちばん深い

相手がルルーシュだから、永久に傷はふさがらない

だから投げかけられた言葉も込みで、きっちり背負わなければならない

そう、僕はどうかしてる

ルルーシュを見てると僕は、身震いが止まらないほど欲情する

授業中にいつも盗み見ていた、ノートを取る彼の姿

白い体操服とそこから伸びた未熟な四肢

我慢して歯を食いしばってると、体じゅうに鳥肌が立って、内臓の裏まで泡立ってくる

ある意味、社会不適合者じゃないかと思うくらい偏(かたよ)っていて、狭量だったり子供だったりもするのだけれど、そういう歪んだところも含めて愛しい

でもこれじゃ、ご主人のご機嫌を窺(うかが)い、ちょっとかまってもらったといっては狂喜し、ほんの時折気まぐれで投げられる餌を待ちわびて、卑屈な目で辺りをうろつく犬だ

「まあ、今のは冗談だが……どうした?」

スザクが頭脳上の煩悶(はんもん)に冷や汗をかきまくり、実際にはただへどもどして何も言えぬのを見ると、ルルーシュも困惑するように眉根を寄せ、解(げ)せないといったばかりに問いかけてくる

「別に。ちょっとボーッとしちゃっただけ」

「そうか。忙しいのはわかるがたまには休めよ」

「大丈夫、ちゃんと休んでるから」

視線が交わったので、無邪気を装って、なにも心配なことはないかのように微笑んでみせた

――ルルーシュは何も知らない

僕が彼に抱く破廉恥な妄想のことも、夢の中で君を犯している淫らな欲望のことも

何も知らないルルーシュをみると罪悪感が、ちくりとスザクの胸を刺す

どうしたら、もっと上手に嘘をつけるようになるんだろう

傷ついたり傷つけたりせずにすむのだろう

「じゃあ…僕、そろそろ軍に顔出しに行かなきゃならないから」

「……わかった。じゃあなスザク」

有害な煙を吸い込んでしまったような胸苦しさは、一向に治まらなかった




ルルーシュが口にした言葉が、スザクの鼓膜にこだまして消えない

左の胸に、掌(てのひら)を押しあてる

鼓動が走っていた

躯(からだ)の芯が熱を持ち、頬まで火照(ほて)り愛しさに胸が詰まる

なにを見ても、どこに注目してみても、そのたびに小さな愛しい発見がある

純白に贖罪を宿すスザクを優しく愛撫、してくれる

仕事を終えた後、寄宿舎に戻る

片手で鍵を閉めると、スザクはずり落ちるように座り込み、ドアに体重を預けた

目をつむって深呼吸する

痒(かゆ)いようなもどかしさが走る

ほんの少しのきっかけで、下半身がすぐに熱を持ってしまう

仕事に集中しているつもりでも、ルルーシュの妖(あや)しい姿が不意に脳裏に蘇ってきては、スザクの手をいきなり止めてしまうのだ

その熱があっという間に体じゅうにこもり、結び目をほどいて溶かしてしまうと、ほかのことなどまるで考えられなくなる

凝った舞台装置なしで、僕をどこにもない理想郷に遊ばせてくれる

年季の入った自慰でとりあえず落とし前をつけてみても、熾火(おきび)はたいてい燻(くすぶ)ったまま残る

「ッ……ルルーシュ! どうして君は……僕をこんな気持ちにさせるんだ?」

まるで熱に浮かされてでた譫言(うわごと)のような声が零れだした

ありふれた日常の裏側で増殖し、出口を求めて蠢く幻想の行き着く果ては現実をも突き崩す

彼は、自分の中に物憂く燻(くすぶ)る感情を整理しようと努める

胸の鼓動は、その響きを固くしていた




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