捧げもの

□わかっているのに虜になった
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気がつくとスザクはタクシーに乗っていた

夜の帳が下りていて車外は真っ暗だったが、アッシュフォード学園へ向かっていることは判(わか)る

横を見ると、運転手の真後ろに女の影がある

意志の強そうな瞳をした、緑髪の神秘的な少女

溶けた絵の具のように後方に流れてゆくイルミネーションが少女の顔に独特の、陰影を刻み、ただでさえ蜃気楼のような少女の存在をさらに希薄にする

長く、悪い夢のなかをさまよっているかのようだった

「今日はちゃんと話せたようだな」

少女はまるで家族と会話しているかのように親しげな口ぶり

「お前が恋い焦がれてるルルーシュは超がつくほど鈍いからな。早く捕まえておかないと逃げられてしまうぞ」

どうしてこの少女は他人の事情をそんなに詳しく知っているのだろう

訝(いぶか)るもののスザクはあまり動揺していない己れに気づき、むしろそちらのほうに困惑した

「そう簡単には告白……できないよ」

「なぜだ?」

「そんな度胸のあるやつじゃないもん。僕は」

「少なくとも、お前なら童貞坊やに告白する権限ぐらいはあるはずだ」

「ルルーシュは僕のことそんな風にみてないよ」

生産性のない思考が無限に湧きあがってくる

頭の中で絡みあい、渦を作る

少女はつい鼻で嗤(わら)ってしまう

「それこそ判りきった話じゃないか」

「え?」

スザクは戸惑った

少女は自分で自分が言っていることの現実性を確信している

それが明らかだったからだ

なのになぜこんな仮説をわざわざ披露するのか

そんな与太話が妙に心に引っかかってしまう自分自身も含め、彼には不可解だった

「ルルーシュほど、枢木スザクという快楽を得るために、自身を屠(ほふ)る歪んだ人間はいないぞ」

魔女――ふとそんな言葉が脈絡なく脳裏に浮かんできた

「やけに自信たっぷりだね」

悪寒と狼狽を糊塗(こと)するべくスザクは笑おうとしたが、あまりうまくいかない

「あいつはな、スザクは自分の思いどおりになるものだと決めつけているのさ」

タクシーが停まって、窓の外を見ると学園の門がみえる

「それはどういう意味?」

「その期待が裏切られると簡単に傷つく。砕けたプライドをもとに戻すのは難しいから、最初から壊れていないふりをする」

ドアが自動的に開いたので、さっさと降りる

「ひとつ、聞いていいかな?」

「ああ。答えに応じるかは別だが」

「君は何者? なぜ親しい僕でさえわからないルルーシュの深層心理に介入できたの」

ドアが閉まった

窓越しに覗いた魔女の顔は鼻から上半分が影に隠れており、ただ謎めいた微笑をたたえる唇だけが闇に浮かぶ

ふと、足元を見ると燐光の夢に、淡く佇んで沈黙をうたう君影草が物寂しく揺らめく

僕は、異様な緊張感と共に目を覚ました

見慣れた染みついた白い天井を見つめる

疲労感がどっと押し寄せそのまま微睡んでしまいそうだったが、けだるさを吹き飛ばし、敗残兵の気分でルルーシュのいる学校へ行く支度をはじめる




閉じたものを開くには外圧がいいらしい

その蓋が弾け飛ぶ日は近い

ルルーシュが欲しい

美しく堕落していくルルーシュがどうしても欲しい

気高い脆さを知っている

灰香る罪を知っている

不安と欲望が胸で混ざりあう

早く圧縮されていた感情が噴出する心地よさに浸りたいが、焦りは禁物

ルルーシュに触れるには、勇気が必要だった

だが、このまま触れないでいる勇気も、僕にはなかった

「おはよう。スザク」

ご褒美なのか偶然なのか、ルルーシュは校舎の玄関に続く道にいた

濃い翳(かげ)りと不幸な美貌と悪い芳香を放ちながら

吸わなくても火を点(つ)けただけで煙草が刻々と短くなるように、ルルーシュはただ僕の隣に立つだけで時間や気持ちや欲情や色々なものを食い尽くしていく

前を歩く背中を見つめ、震える手をようやく伸ばして、ぐっと手首を掴む

ルルーシュの手首は骨張ってる僕の手首とは違って、白く、枝のように細い

不思議そうな目をして、ルルーシュは問いかけるように僕を見る

目と目があうと、余計に熱情が加速した

続く静寂は、空気が帯電するほどの緊張感に満ちていた

肩を掴む、汗で指が滑る

血が、徐々にある一箇所に向かって集まり始める

心臓が暴れ狂って、口からはみ出そうだ

「スザク」

低く甘い声音に、一瞬スザクの眉がぴくりと反応した

紫水晶の目が誘うように、僕を見つめる

耳朶(じだ)に唇を寄せて、くすぐるような甘い声で呟いた

「言いたいことがあるなら早く言えよ」

赤い唇が笑みを象(かたど)る

「俺が他の誰かのものになる前にな」

官能的な妖しい目に、胸を射抜かれたような気がして、体が震える

その言葉は明らかにスザクの意表を衝(つ)いた

いや、理屈や理由や分析はみなあとからもしやと思いついたことばかりで、この時僕はもうただ為(な)す術もなくポカンと放心してしまっていたのだ

心臓を貫かれて

則(すなわ)ち、恋に堕(お)ちて




虚飾はいずれ剥がれる

(ルルーシュ。君に言いたいことがあるんだ)

他の生徒や教師からは、他愛ない雑談に見えただろう

僕達の高貴な淫らさは、二人だけに通じる暗号

望んで深みに嵌(は)まるわけではない

罠だろうと定めだろうと、黙って嵌まるしかない

――禁じられた遊びは甘い味がする

グラスにいれた強いブランデーを嗅(か)いだときのような、鼻から目に抜ける陶酔感

禁じられた言葉も甘い味がする

ルルーシュの熱い体温、少し速くなった息づかい、汗と入り混じった体臭、ぬめらかな筋肉の感触……

全部が一緒くたになって、僕の脳みそをぐちゃぐちゃに掻き回していく

下腹部に、痛みにも似た疼(うず)きを感じ始め、それはだんだんと螺旋の上昇曲線を描いて強くなっていき、腰から太ももにかけてが痺(しび)れだし、やがてどうにも我慢できなくなる

そんな想像は、眩暈(めまい)にもにも似た煩悶(はんもん)を掻き立てた

僕は自分の静かな狂気と深すぎる欲情にほくそ笑み、絶望した

狂気は煌(きら)めく欠片となって僕を甘噛みし、欲情は透き通る獰猛さで僕を縛った

無防備な目をして、そんな目で僕を見るのがいけないんだ

あとは浮遊する泡のように掴みがたい、彼の残り香をたどり、抱きしめればいい

もうすぐ僕は五感のすべてで恋ができる




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