参加企画、作品堤出

□世界にたった2人きり
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遠い昔、俺とナナリーと母さんで広い野原に寝転び星空を見上げた

慎ましくも穏やかな小さな幸せ

亡くなった母さんは誕生日は優しさに触れる日だと教えてくれた

「大きくなればルルーシュにも大切な人が出来る。その時はお祝いしてあげるのよ」

「なんて言えばいいの?」

辺りを静寂が包む中、腕を組み真剣に考え込むルルーシュに、マリアンヌは柔和な笑顔で告げる

「簡単よ。生まれてきてくれてありがとうって言えばいいの」







季節は夏に入り、照りつける太陽と日本特有の湿気がけだるく感じる

「おはよう。ルルーシュ」

朝食の準備をするルルーシュの背中にパジャマ姿で抱きついてきたのは枢木スザク

現在同居中の俺の恋人

「抱きつくな、スザク!ただでさえ暑いんだぞ」

「いいじゃない。僕とルルーシュの仲なんだし」

あるはずもない耳と尻尾を左右に振り、お構いなしに甘えてくる

人懐っこい犬のような性格

天然で空気の読めないスザクはよく俺を振り回す

そんなスザクに惚れた俺も俺だが

「早く着替えないと学校遅刻するぞ」

みそ汁の具をかき混ぜながら、擦り寄るスザクを自分の体から離す

「わかったよ。ルルーシュの言う通りにする」

ぶつぶつ文句を言いながらも着替え始めるスザクに、微かな愛情を感じるのは自分だけの秘密

そんなことを言えばスザクはまた調子づき、朝まで寝かせてくれないのが関の山

ルルーシュ特製の出来立ての朝食を嬉しそうに食べながら、スザクはこんな話を切り出した

「ねえ…ルルーシュ」

「どうした?スザク」

テーブルの上から身を乗り出し、目を輝かせ聞いてくるスザクの質問にルルーシュはだいたいの予想はついていた

「七月十日が何の日か知ってる?」

(来た。やはりそれか)

予想通りの質問にルルーシュは内心苦笑する

春の陽光のような明るさでルルーシュの心を灯してくれた、大切なスザクの誕生日

(知らないはずが、ないだろう)

困ってる時、いつも手を差し延べてくれた

目の不自由なナナリーを守ってくれた

俺が隠し通してきた折れそうな心の弱さを受けとめてくれた

ただのルルーシュ・ランペルージを愛してくれた

そして、俺の帰るべき場所になってくれた

何度も繰り返してくれる言葉――

大丈夫、これでよかったんだよ

君のしたことは間違ってない

後は絶対何もかもいいほうへ向かうよ

という、何の根拠もないはずの言葉が、一体どれほど慰めになってくれていることだろう

スザクには感謝してもしきれないほどの優しさを与えてもらってる

お前に救われてここまで生きてこれたんだ、スザク

だが敢えて、知らないふりをしてみる

「もしかして納豆の日か?」

期待に胸をときめかせていたであろうスザクの表情は一変

目を伏せ、悲しげに見えない耳を垂らす

「ちなみに俺は納豆は嫌いだ。あの粘つきが気に入らん」

軽い食事をし終えたルルーシュは箸を置き、食器を片付け始める

「…そっか、覚えてないんだね」

誕生日を覚えていないことが余程ショックだったのか、スザクの落ち込みようは隠せてない

(そんな顔をするな……スザク)

身なりを整えに洗面所へと去っていく

寂しげな背を向けるスザクに若干の罪悪感を感じながら、ルルーシュは愛恋の眼差しを向ける

(明日は俺の精一杯で、お前を愛してると告げるから)



待ちに待った、七月十日

人々が寝静まり、星が瞬く深夜十二時

バイトを終え、疲れて帰ってきたスザクを迎えたのは

「お帰り。スザク」

ぎこちないルルーシュのキス、だった

心臓が背中を破って飛び出すかと思うほどの不意打ち

しばらくは身を硬くするスザクだったが、ただでさえ不器用なルルーシュからの愛情表現を素直に喜び、行為に没頭し始める

熱く濡れた舌の動きが細やかで心地よい

限りなく優しいその口づけに、スザクの心も融けていく

「スザク、気持ちいいか?」

濡れた音の間から囁いた

「…すごく気持ちいいよ」

宗教的といっていいほどの恍惚に、脳が甘く痺れる

一人小さく呻いてしまうくらい嬉しい

二人は、互いの想いを確かめ合うかのように幾度も抱擁し、唇を重ねる

それはルルーシュの心の奥底に沈んでいた思いが漏れた瞬間だった

「誕生日、おめでとうスザク」

震える唇を離すルルーシュの顔は、物に例えるなら熟(う)れたての林檎のように真っ赤に染まっていた

「急にキスして……い、いい、嫌だったか?」

心なしか、喋り方が吃(ども)っている

焦るルルーシュの態度がおかしくて、スザクは声を抑えて笑ってしまう

「わ、笑うな!馬鹿!」

照れ隠しのつもりなのか、顔をみせようとしないルルーシュの腰にスザクの腕が伸びてくる

「ほわぁ!?」

彼の新鮮な反応は見てて飽きが来ない

上機嫌なスザクは、背後からルルーシュを抱きしめたまま、笑みを含んだ声で

「嫌じゃないよ。むしろ嬉しかった」

と、耳元に言葉を落とす

「そうか」

恋というものは、なぜこんなにも透明で、嬉しく恥ずかしいのだろうか

ルルーシュにはスザクの言葉のひとつひとつが特別なものに思えた

心の中の、長いこと血の通っていなかった部分が生き返るようだった

「スザク。ひとつだけ、約束しろ」

久しぶりに素直な自分をみせ、気が緩んだのだろうか

人懐こく尾を振り回す犬にふっと微笑みかけようとした途端――

喉が、締め上げられるように詰まって、おかしな嗚咽が漏れた

冷たいさざ波が足先をひたひた洗うような、そのどうしようもない寂しさから、もう長いこと、うまく抜け出せずにいる

迸(ほとば)しりそうになる気持ちを、けれどルルーシュは懸命に押しひそめて堪えた

「俺より先に………死ぬな」

スザクの目を覗きこむようにして言うルルーシュの顔は、どこか哀愁を帯びていた

小さな子供を宥めるようにルルーシュの頭を撫でながら、スザクの胸に様々な想いが去来する

紫紺色の濁りのない眸(め)でひたと見つめられると、スザクは、心臓につねりあげられるような痛みを覚えた

「じゃあルルーシュも、僕より先に死んだら許さないから」

果たされるかどうかもわからない、小さな約束

「生まれてきてくれて、ありがとう」

口に出すと、かえって意味が薄まってしまうこともあるが、そんなことはなかった

血管が熱く脈打ち、耳たぶが火照っている

まるで夢か幻覚の波間を漂うかのようで、脳の底がぐらりと揺れる

「……愛して、る」

いつもは欝陶しく感じるスザクの温かな体温が、重みが心強い

身も心も芯から深く満たされる

スザクの囁き声に、物思いを破られた

「僕も、愛してるよ。世界でたった一人のルルーシュ」

君への愛の言葉が胸の裡(うち)に吹き荒れて、息が出来ないくらい



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