参加企画、作品堤出

□きみがそうして笑うから
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※現パロ設定です




なんてこった

僕はいったい何をしているのか

どうかしてる

姑息な演技だの、騙しのテクニックだの

うまくできるわけもないのに、何を必死に頭脳を絞って

むしろそれはルルーシュの専売特許で、しかも相手は僕の数倍上手(うわて)なのに









スザクはぼんやり頬杖をついて、行き交う人々を眺めていた

中途半端な時間帯で、大通りに面した地味な喫茶店のテラス席はがらんと空いている

「ヒマだなぁ……」

うららかな陽差しに目の皮が弛(たる)む

あくびも漏れる

学校にも通わず、かといってなまじすることもなく家にいれば、父親に呼びつけられやたら話の長いご卓説を聞かされるばかりなので、散歩を口実に逃げ出してきたものの、実際、これといってすることがない

目的もなくふらつくのにも限度がある

ちょっと喉が渇いたので座ってみたが、コーヒーも二杯も三杯もやたらに飲めば腹が水っぽくなるばかり

ズボンのポケットから携帯を取り出して時刻を確認してみるのだが、さっきそうした時からまだ五分と進んでいなかった

夕方まではまだ随分と間がある

つぶさなければならない時間が膨大にある

ヘタに戻れば父親に捕まって小言の嵐だ

まだ家には帰りたくない

参ったなぁ、困ったなぁ、いったい何をしたものか

ぽっかり空虚になった脳みそに、聞き慣れた声が鼓膜に響いた

「何をしてるんだ。こんなところで」

スザクのことを詰問(きつもん)するような眼差しで見詰めているのは、親友で恋人でもあるルルーシュ

少しばかり虚(きょ)を突かれた僕だが、黙って目の前にいる仁王立ちのルルーシュを見上げる

常人ならその無言のプレッシャーに腰を引く場面だが、スザクは笑顔でケロリと跳ね返す

そして、気を持たせる間をたっぷりと挟んだ後、祝福するかのような満面の笑みを浮かべ、明るく告げる

「暇潰し」

「喫茶店でコーヒーを飲んでる暇があったら少しは学校へ来い!」

振る舞いこそ非の打ち所がないが、今のルルーシュは高圧的で近寄りがたい雰囲気を醸し出している

「だって、ルルーシュは僕のためならこうして授業を抜けだすことになっても、探しにきてくれると思ったから」

清冽(せいれつ)な視線を微塵もスザクから逸(そ)らそうとはしなかった

だが、ルルーシュは一瞬だけ照れたような表情を浮かべると、すぐさま顔を引き締め、コホンと空咳(からせき)するとぶっきらぼうに

「お前を放置しておくと後々面倒が増えるからな」

と、溜め息混じりに言われるのは自明の理

実際、それは事実であった

先日も用意された朝食に文句をつけたらしい

どんな理由かと本人に問いかけてみれば

味噌汁にねぎを入れたらだめだが、納豆にねぎが入ってないとだめ

と、いう何とも自分の好みに偏(かたよ)った不可解な理由でだ

明らかに矛盾している

わがままなスザクの言い分を聞くと

「味噌汁にねぎが入ってると、せっかく恋人と二人きりのところを誰かに邪魔された気分になるんだ!で、納豆にねぎが入ってないと、せっかくのデートの日に彼女が来ないような気分なるの!!」

わかるような、わからないような熱弁を奮(ふる)われ、背中にどっと疲労が蓄積した

「ルルーシュだってそう思うだろ!」

スザクはズイッと身を寄せてくると、ルルーシュの瞳を覗き込むようにして視線を合わせ、有無を言わさぬ口調で告げる

「わけの分からん理屈で駄々をこねるな。納豆にねぎ入れたがるんなら味噌汁のねぎも食えっ!!」

ルルーシュは斬(き)りつけるような口調で、そう言い放った

「僕を連れ戻しにきたんでしょ。でも僕、今から学校に行くつもりもないし家に戻るつもりもないよ」

拗(す)ねたように口を尖(とが)らせるスザクに愛想もみせず、捻(ひね)くれたルルーシュは、そんなスザクをジト目で一瞥する

事態を呑(の)みこめないスザクに、ルルーシュが少し憮然(ぶぜん)とした声で問いかける

「今日が何の日か知ってるか?」

返答に窮(きゅう)すスザク

「バミューダトライアングルの日?」

「違う!間違ってるぞ」

検討違いな回答に、ルルーシュは気難しそうな表情を浮かべる

十二月五日が何の日かわからずスザクは小首を傾げる

疑問が蚊柱(かばしら)のように周囲で渦を巻く

「あっ……!」

ハッとした表情を浮かべ、目を瞠(みは)った

不意に答えに辿り着いたらしい

「ルルーシュの、生まれた日」

遅ればせながらそのことに気づいた

「やっと思い出したか、この石頭め」

ルルーシュはやれやれといった感じに深い溜息(ためいき)をつくと、どこか哀切の漂う眼差しでスザクを見詰め、静かに言う

「まさか……本当に忘れていたとはな」

そう寂しげ呟いたルルーシュに対し、スザクはひどく優しげな口調で言った

「わ、忘れてなんかいないよ。ルルーシュの欲しいものだってちゃんと用意してあるんだ」

ルルーシュはスザクの方に視線を振ると、端的(たんてき)に問いかける

「じゃあ、俺が欲しいプレゼントとやらについて、手短に説明してもらおうか?」

意地の悪い笑みを浮かべ、哄笑(こうしょう)しそうな雰囲気のルルーシュに、スザクは口の両端を吊り上げ、ニヤリと笑って告げた

「ルルーシュが欲しいもの。則ちプレゼント。と、言えば……勿論、僕自身でしょ?」

ルルーシュは絶句し、目を白黒させた

「な!?何を言って……」

スザクは驚きに目を剥(む)くルルーシュの様子に、内心ほくそ笑みながらも、爽やかに言葉を紡ぐ

「現にルルーシュだって僕に惚れてるでしょ」

同意せざる得ない部分があったのだろう

ルルーシュはぐっと言葉を詰まらせ、言い返してはこなかった

それを見たスザクの口の端が僅かに上がる

口八丁で、頭脳戦では手も足も出ないルルーシュに対して、体力しか取り柄のない僕が一泡吹かせることができた

スザクは口許(くちもと)を緩(ゆる)めて静かに続ける

「……ルルーシュ」

不意に零れ落ちる愛しい人の名前

スザクは呆然と立つルルーシュを、慈愛に満ちた双眸(そうぼう)でひたと見据え、肩に触れる

ルルーシュにその気はないのだろうが

「御託はいい、さっさと食え」

と、スザクを誘惑してくる

決してスザクの思い込みなどではなく、ルルーシュ自身がそう誘っているのである

食べ切れないからもったいない

そんな常識的な思考は、いつの間にかスザクの傍(そば)から裸足で逃げ去った

――ルルーシュからの誘惑の前では、良識なんて微塵もない




人に見詰められるということがこんなに気恥ずかしいことだとは思わなかった

気勢を削(そ)がれ、一瞬言葉を失ってしまった

顔面が上気していくのがわかる

スザクの手が置かれている肩に全神経が集まるようで、触れられている感覚が鋭敏に伝わり、彼の指が僅かに動く振動さえも感じられた

そうこうしているうちに肩が汗ばんでくるのがわかり、そしてそれをスザクに悟られるのが何だか怖くて、ルルーシュは思わず、

――ドンッ!

と、横綱もかくやという張り手で、スザクのことを突き飛ばした

「い、いきなり近づいて来るな。馬鹿が!」

ルルーシュはカァッと顔を赤くすると、憤然(ふんぜん)となって怒鳴る

「ゴメン、ゴメン」

スザクは本当に悪いと思っているのか、笑いを含んだ声で謝罪する

ルルーシュの張り手でスザクの体は少し傾いたが、これといった支障はない

「全く……人が疎(まば)らとはいえここは公共の場所だ。空気を読め!天然が!」

自分のペースを取り戻すため、ルルーシュは軽口を叩く

普段の調子(ちょうし)を買い戻すためなら安い出費である

「……ルルーシュ、もしかして照れてる?」

心臓が跳ねたのがハッキリとわかった

ルルーシュは虚を突かれたように口を噤(つぐ)んだが、やがて眉間(みけん)に小さな皺を寄せる

血液が濁流のように身体の中を激しく駆け巡り、頭が朦朧としてろくな返しも思い浮かばない

そう確信したルルーシュは咄嗟に俯(うつむ)いた

「――照れてないっ!」

しばらく経っても心音は早鐘のようだった




(――可愛い、ルルーシュってば耳まで赤くなってるよ)

スザクは、息を呑み、幼い子供のように無心に照れを隠すルルーシュに見とれてしまった

ああ、なんてアホで甘っちょろい

ダメだ。顔がしまらない

我ながらデレデレだ

目が離せず、思わず鼻の下を伸ばしてしまった

ちいさな妖精の乗る翼の生えた小馬のようなものが、胸からぐるぐる螺旋を描いて脳天まで舞い上がり駆け抜けていくようだ

スザクの気持ちは高まりに高まって、いささか常軌を逸しかけた

たしなみも遠慮も、何もかも忘れてただもう恋する若者の純粋本能のままの熱に浮かされた言葉が口をついて出る

「誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう、ルルーシュ。僕は君の愛の奴隷だよ」

スザクは言葉に思いを乗せて、快哉(かいさい)を叫ぶ

気分は既に有頂天

「最後の台詞は余計だ。だが一応礼は言っておく」

いつもの不遜な表情とは違い、ルルーシュの顔には、穏やかで爽やかな笑みが刻まれる

「ありがとう。スザク」

浮かれてることを悟られないよう、冷静沈着という鎧を身に纏い、普段と全く変わらぬ態度を装う

しかし、声はどうしたって弾んでしまう

彼にとって今の気持ちを伝える語彙(ごい)は、これで十分らしい

茹(ゆだ)った頭を冷やす為、ルルーシュはスザクが座る席に相向かいになり、腰を下ろす

「ルルーシュ?」

「お前と喋っていたら喉が渇いた」

適当な理由を付け加え、ルルーシュは上目遣いにスザクのことを見やると、そっと口を開いた

「今回は見逃してやる。そのかわりここでは奢ってもらうぞ」

アイスティーとショートケーキを注文し、ルルーシュは真ん中にのったイチゴへとフォークを伸ばす

イチゴの微かな酸味と生クリームの柔らかな舌触りが、彼の脳内でスパークするような幸福感を生成している

ほぅと小さく吐息を洩らすと、笑みが零れ、はにかむルルーシュ

このまましばらく幸福な余韻に浸(ひた)っていたい

陶器のようにすべすべとしていて健康な生命力のあかしであるよい血色をかすかに透かし、陽光の中で輝いている美しいルルーシュの横顔を見つめながら、スザクは心からそう思った




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