フリリク

□エビ様へ
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目の前で傾ぐ体。


ゆっくりとスローモーションで倒れていくそれに手を伸ばすもあと少しで届かない。

伸ばした手は虚しく空をきる。



地面に叩き付けられた体から流れ出すそれは



真っ赤な…………

























「おい、いい加減機嫌を直せ」


「………何かご用ですか。恋ちゃん先輩。」


「な、おっ!」



「あはは、完全に染井君を怒らせちゃったね恋ちゃん。」



ここは俺と凡の部屋。

目の前に並んで立っているのは風紀委員長こと木戸田先輩と寮長の亜麻先輩。


いつもならば恐ろしくてこんな目の前で対峙することなどあり得ないのだが、今は違う。


俺は怒っている。





数時間前…












「凡、次の授業って確か薬物学だったっけ?」


「その通り!!」



生き生きと応える凡は見た目は普通なのに、その正体は毒物マニア。しかも相当の。



いつものごとく授業を受けるために広辞苑ほどの厚さの教科書を抱え渡り廊下を歩いていた。


他の生徒たちが異様に先の尖ったものを振り回しながら追っかけたり逃げ回ったりしているのも日常茶飯事。




その中に愛刀を振りかざす赤い髪の男がいなければ。



「あぁ、つくし少し先に行ってて。靴ひも解けた。」

「うん。」




しゃがみこみ凡。

後ろから近づいてくる影。靴ひもを結び終えた凡が立ち上がり振り向いたのと男を追いかけきた赤い男が刀を振り上げたのはほぼ同時だった。


気付くのが遅すぎた。


赤い男が気付いて慌て軌道を逸らすのは間に合わず。


その切っ先は振り下ろされた。



――――――――
――――――
―――――
―――




「……………………。」


「うわぉ、染井君の凄まじい怒りの表情。貴重だねぇ。」


「………悪かったって。」


木戸田先輩は始終謝ってばかりだ。そんな先輩にも苛つく。



「……先輩。」


「な、なんだ?!」



俺から話し掛ければ見事に吃る先輩。



「先輩は謝る相手を間違ってる。」


「ぅ゙」



自分でも気付いていたのだろうばつが悪そうに顔を背ける先輩。




「………このヘタレ。」


「なっ!!」


「あはははははは!!ヘタレっヘタレだって!!染井君分かってるじゃないか!!」



あとは、まだ俺に謝ってくる木戸田先輩とそれを見て笑っている亜麻先輩の2人を無理矢理帰した。



「………ふぅ。」



凡の部屋に入る。




膨らむベッドに近づく。

いつもよりも少し青白い顔はさっきよりも赤みが差していてほっとする。


倒れて血を流す凡を見たとき、心臓が握り潰されるような錯覚を起こした。

頭が麻痺して真っ白になり、目の前のことが信じられなかった。



もしも木戸田先輩が刀の軌道を逸らすのが間に合わなかったら……



ゾクリッ



考えただけでも生きた心地がしない。






頭を左右に振り、一瞬よぎった考えを思考の隅へ追いやる。



苦し気な寝顔の凡に触れる。


冷たい………。



暫く凡の髪をいぢっていれば、凡の瞼か微かに動いた。

慌てて手を引っ込める。




「凡?」


「ぅ、んあ?つくし?」



薄く目を開けた凡がこちらを見てくる。



「……ぅぅうううう。」


「ぅわあ、目が覚めた途端に泣くとか。」



いつものように泣き出した俺に呆れながら苦笑する凡。



「凡、凡っ」


「はいはい、俺は全然ヘーキだから泣き止めつくし。」






暫く泣いたあと、これ以上凡に迷惑をかけられないと涙を気合いで止める。


お腹が空いたという凡が食事をするために食堂に行こうとするのを全力で止めた。





「……………で、俺がご飯を作るって大口叩いた結果がこの血と肉が飛び散る台所か?」


「…ごめん、凡。」




自分が千人に一人の奇跡の不器用だったのを忘れてた。


結果的に料理とはいえないものが大量に出来上がった訳だが、唯一おかゆだけは綺麗に仕上がった。


おかん体質の凡がキッチンを掃除しようとするのを無理矢理ベッドに戻し、おかゆを差し出す。



「はい、熱いから気を付けて持てよ。」


「………。」




しかし、凡はおかゆを受け取る気配がない。



「?どうしたんだ凡。…………はっ、まさか俺の料理なんか食べたくないとか?!」


「いや、別にそんなんじゃないけど。」




ほっておけば、すぐに悪い方へ悪い方へ考えを進めていくつくしを笑いながら止める凡。


またもや泣き出しそうなつくしのおかゆを持っていない手を掴む凡。


そんな凡を不思議そうに見るつくし。


そんなつくしに笑う凡。



「そういうんじゃなくて。」



おかゆを零さない程度に軽く手を引き、耳元に顔を寄せる。



「こういうときは、つくしがその手で食べさせてくれるんでしょ?」



ね?と微笑んでくる凡。




ボッ




つくしの顔が一気茹でダコのように真っ赤になった。



口をパクパクさせているつくしを凡がクスクスと笑う。



「ほら、早く食べさせてくれないと選択肢を口移しに変更するぞ。」


「な゙ぁっ!!!」



「ほら、暴れると俺のおかゆが零れるだろ。」



恥ずかしさで今にも暴れだしそうな俺に凡が釘を刺す。やっと成功したおかゆを零す訳にはいかない、暴れるにも暴れられなくなった俺は渋々と凡におかゆを食べさせてやる。






「うん、うまい。他の料理はあんなんだけどおかゆは上手く作れるんだな。」


「あぁ、おかゆはよく下の弟に作ってやってたから。」


「例の向日葵くん?」



凡の口元にレンゲを差し出しながら笑う。



「そう、昔はよく風邪引いててさ、風邪をひくたびにお母さんのおかゆじゃなくて俺のおかゆを食べたがってみんなを困らせてた。」


「……ふぅん。」



自分から聞いたのになんだが、つくしが嬉しそうに誰かの話しをするのが大変気に入らない凡。

そんな凡に全く気付いていないつくしはさらに続ける。



「で、1回だけ。修学旅行で俺がいない時に向日葵が熱出してさ、俺以外の奴が作ったものなんか食べないって駄々こねてご飯を一切食べなかったんだ。」


「………へぇ。」


「それからはもうメチャクチャ。両親は向日葵が死ぬって泣き出すし、兄さんや姉さん達はありとあらゆる手段を使って向日葵に食べさせようとして状況を悪化させるしで。」



楽しそうなつくしを見るのは好きだ。笑いかけてくるつくしを見ると心が温かくなる。


でも、俺と同じ目でつくしを見る他人は嫌いだ。

もしもつくしが、俺と同じ目で誰かを見ていたら……








「俺は修学旅行先から連れ戻されて」

「もういい。」




グイッ


「うっわ」


ドサッ











突然、凡に腕を引かれ反応が遅れた俺はそのままベッドにダイブした。

凡の上に。



「いってぇ…………。」


「うわっ!!凡ごめん!!」



手に持っていたおかゆは床に落ちて中身が零れてしまっている。


慌てて凡の上から退けよう体を引くが、体を起こそうと立てた腕を引っ張られてそれは叶わなかった。

再び体制を崩した俺は、今度は凡に組み敷かれる立場になる。


俺の上で呻く凡に顔から血の気が引く。



「凡っ!!大丈夫か?!」

「押し倒されての第一声が相手の心配かよ。」



心底呆れたような顔で見てくる凡だが、今の俺はそれ所じゃなかった。



「なに言ってんだ!!傷の心配するのは当たり前だっ!!先生に絶対安静だって言われたんだぞっ」


「……はぁ、少しは空気を読めバカ。」



なんともムードのないつくしの態度に焦れた凡がつくしの顔の隣に腕を置く。


そして、漸く自分たちの体制に違和感を感じたつくしが恐る恐る凡を見上げる。

怖い位の満面の笑みで見下ろしてくる凡につくしは背中に嫌な汗が伝うのを感じる。



「凡くぅん。つかぬことをお聞きしますが、この体制はなんですか?」



ニッコリと笑う凡。



「なにって、ナニだけど?」



だからなにっ?!!!



ゆっくりと近づいてくる凡に力の限り抵抗する。


抵抗するとは言え、怪我人である凡につくしが本気を出せないのは分かっている凡なのだが。



しかし、なかなか思い通りにさせてくれないつくしに凡がため息をつく。




「………つくし、いい加減に諦めたら?」


「やだよっ」



つくしは既に半泣きだ。



「泣くなよ。俺がいじめてるみたいだろ。」



俺は別に変態ではないのでつくしの泣き顔が見たい訳ではないのだ。

嫌いだとは言わないが。




「そもそもつくしが俺を怒らせるのが悪い。」


「っ怒らせてなんてっ!!」


「俺の前で他の奴の話しなんてすんなよ。」




拗ねたように言えば、今度はつくしが呆れた顔をする。



「凡が聞いたんだろう。」

「そうだけど。やなものはいや。」


「小学生かっ!!」


「なんとでも言え。」



何を言おうが逃がすつもりは毛頭ない。

再びつくしに覆いかぶさる。つくしの顔がサァッと青ざめる。

そしてまた2人の攻防が始まる。



「諦めろって!!」


「いーやーだっ!!」



このまま続けても時間の無駄だし自分の体力が持たない。そう思い、動きを止める凡にほっと息をつくつくし。

そんなつくしを見て凡が言う。




「……分かった。」


「…なにが。」



身構えるつくし。

















「つくし、キスしろ。」



「なんでっ!!!?」



ブスッとした顔で見下ろしてくる凡。

訳が分からない。



「つくしからキスしてくれたら今回は許してやる。」

「っ//////」


「…これ以上取っ組み合い続けると俺の傷が広がるんだけど。」


「ぅぅうっ///分かったよ!!」




してやったり。

満面の笑みでつくしを見る。



「…この体制でするの?やりにくいんだけども。」



待てども体を起こしてくれない凡。笑うばかりだ。



「このままで出来るでしょ?ほらはーやーくっ!!」


「ぅぐう……」




恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながらゆっくりと体を凡に近付ける。


今なら羞恥で死ねるっ!!

凡との距離が縮む度に心臓がバクバクと高鳴る。


ギュッと目をつぶる。































ちゅ























かわいらしいリップ音をたて唇が重なり、離れる。



「これで満足かコノヤロウっ!!///」



トマトなつくしが下から睨み付けてくるが、怖い所かとても愛しい。


そっぽを向いてしまったつくしにお返しのキスを頬に送る。




「つくし愛してる。」




ばっとこちらに顔を向けたつくしの顔はさっきまでのトマトがまだマシだと思えるほどに赤く染まっていく。


そんなつくしを見て満足する。

そろそろつくしの上から退こうと体を起こすが……




グイッ

























唇に当たる柔らかい感触。


掴まれていた胸ぐらを離されて相手を見つめる。

真っ赤な顔でキッと睨み付けて、口を開く。




「っ俺だって………………ぁ……てる。」










ボッ



顔に熱がたまる。
今の俺はつくしに負けないくらいひどい顔だろう。

もうやだよっと半泣きのつくしをニヤニヤしながら見る。





「つくし、今なんて言ったの?聞こえなかったからもう一回ゆって?」



「やだよっ!!///」










































『俺だって、"愛してる"。』




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