フリリク

□羚様へ
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真っ黒な髪は清潔な長さに切りそろえられ、さらさらと流れる。

まだ幼さの残る顔だが、形のいい眉や高くすっと通った鼻、閉じられた唇は薄く仄かに色付いていて。

その目は日本人でも珍しい真っ黒な瞳で鋭い輝きを放っている。



皺一つない学ランに腕を通し、軽く髪を整える。


机に置いてあるカバンを引っ掴み部屋から出る。




「あら、おはようございます坊っちゃん。朝ごはんの支度が整っておりますよ。」


「いらない。寝坊した。」



世話役の女を通りすぎ足早に玄関へ向かう。


ガラッ





「「「「「おはようございます若。いってらっしゃいませ。」」」」」



ずらりと並ぶ一般的に恐ろしいと言われる顔が列なしてその頭を下げている。



その前を歩いていけば列の最後の方で黒服の男が車のドアを開けて待っていて、この男もまた頭を下げる。


「おはようございます若。昨夜はよくお眠りになれましたか?」


「沢井、今朝は話している時間はない。さっさと車を出せ。」



ぶすっとした顔で視線を合わさず車に乗り込む男に沢井と呼ばれた男が1つため息をつき車のドアを閉める。

自分も乗り込み車を発進させる。



「………はぁ、今朝は随分と機嫌が悪いんですね。」


バックミラーで後部座席に座る男に視線を送れば、思い切り睨まれる。

鏡越しで睨まれただけで背中を嫌な汗が伝う。



「1日くらい一緒に登校しなくてもいいじゃあないですか。」


「うるさい、黙って運転しろ。」



苦笑して肩を竦める沢井に舌打ちする。




「おい、まだか?」


「いつもの場所なら先程通りすぎました。」



焦れたように貧乏揺すりをする男に沢井がそう返せば、男が目に見えて落ち込む。

その姿を見てまたもやため息をつく。




暫く運転していれば、道に1人の男を確認してその男の傍に車を停止させる。



「何している、沢井。」



急に止まった車に男が訝しげに視線を送ってくる。

そんな男の言葉には答えずに車から降りて後部座席のドアを開ける。


イライラしたように見上げてくる男に笑いかける。




「よろしいんですか?つくし様がお待ちかねですよ。」





早く出せと睨むだけで車から降りようとしない男に意地悪く言えば、案の定車から飛び降りる。



「夜草、おはよう。」


「おはようつくし。」




さっきの不機嫌さとは打って変わって、輝くような笑顔で男に近づいていく。



「おはようございます、つくしさん。」


「おはようございます、沢井さん。いつも御苦労様です。」



挨拶をすればはにかむような笑顔が返ってくる。

周りからは恐ろしいと言われる顔だが、この少年は怖がる素振りなど一切見せない。


この歳にしては大きい少年の頭に手を伸ばす。



「………いい子。」


「?」



若のように端正な顔立ちではない普通の少年だが、最近の子供にしては謙虚で周りへの気配りのできる優しい子だ。

いつもがおどおどしているしているので、話しかけたときにほっと安心したような顔をされるとめちゃくちゃに甘やかしたくなる。



バシッ



「いつまでつくしに触ってるんだ。もういい、さっさと帰れ。」



叩き落とされた手。


こういう所はまだ餓鬼なんだよな、いつもは自分よりもずっと年上の大物相手に対等に渡り合っているのに…。



「夜草っ!!暴力はダメだろっ」



ことこの少年絡みになると途端に小学生並の独占欲を剥き出しだ。



「それでは、いってらっしゃいませ若。」


「ふん」


「い、行ってきます。」































来た。



校門の辺りが騒がしくなる。

それはいつもの日常のひとコマで、その騒ぎの中心にいる2人の男子生徒はこの中学校で最も有名な2人だ。


染井 つくしと八重妻 夜草。





「きゃあっ夜草君かっこいい!!つくし君はかわいい!!」



クラスの窓から2人を眺めていると、隣で女子が騒いでいるのが聞こえた。


八重妻がかっこいいのは、奴の顔を見れば納得できるが。


男にかわいいって。

しかも染井は至って平凡な顔。しかもビックときてる。



「……どこがかわいいんだよ。」



始終周りの視線に怯えている姿は、なんともイライラする。



この2人は有名だ。


八重妻は実家が極道、俗に言うヤクザの家で毎日の送り迎いは黒服の強面イケメン。

染井は戸内家に出入りしている、夜にがらの悪い奴らとつるんでいるなどの噂がある。



そして、この2人が有名な最大の理由は……




「つくし、今日泊りにこないか?お里がお前のためにようかんを作ったんだ。」

「夜草、一昨日おじゃましたばかりだろう。お里さんに悪いよ。」


「俺が来てほしいんだ。」



この2人が親友で不自然な位仲が良いこと。


自由な席は常に隣。偶に趣向を変えて前後になったり。




「今日もどうせ弁当持ってきてないんだろ?お里が毎日俺のつまむだけじゃ可哀そうだからってつくしの分まで持たせた。」


「えっお里さんが?………………ありがとう。」



甘い雰囲気を振りまく2人に話し掛けようとするクラスメイトは1人もいない。
遠巻きに眺めているだけ。



皆、下手に近付いて八重妻に睨まれるのが恐ろしいのだ。



2人は1日中一緒にいる。
俺が思うに、2人はお互いに依存しすぎている。

中でも八重妻の染井に対する執着は異常だ。



ぼうっと2人を何気なく眺めていると、八重妻と視線が合った。



「っ!!」



睨まれた。






















放課後、カバンに教科書をつめていると肩を叩かれた。



「斎藤、ちょっといいかな?」


「………はぃ。」





八重妻がまわりに軽く目配せすれば、残っていた生徒たちが一斉に教室から出ていく。

染井も先いってるねと出ていってしまえば、教室には俺と八重妻の2人きりになる。



「それで、俺になにか用?」



なんでもないように装っているが、内心びびっている。さっきから手が震えないようにするので精一杯だ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、八重妻はさっきまでの愛想笑いを引っ込めた。



「……お前、斎藤 大地。」


「……だからなんだよ。」


俺こいつ嫌いなんだよね。




「お前、つくしと同じ小学生だろう。」


「………そうだけど、なに?」



イライラする。





「ずっと、つくしを虐めてたクラスメイトたちの猿山のボス。」


「っ…………。」




八重妻の視線が痛い。これが、八重妻 夜草。



「つくしが気にしていないみたいから何も言わなかったが、やっぱり俺はお前らが許せそうにない。」



睨まれるだけで息が詰まる。こいつがこんなにも怒りを表すのははじめて見た。


「他の奴らは俺を敵に回したくないみたいで、近づこうとはしないんだが、」



「…………。」



「お前だけは、ずっとずっとつくしを見てる。」





























「くっ………ははっ」



「……なにを笑ってる。」




いきなり笑いだした俺に八重妻がはじめて驚きの表情をつくる。

それがまた可笑しくて笑みを深める。



「おれさ、お前のこと嫌いなんだよ。」


「奇遇だな、俺もお前が大嫌いだ。」



嫌そうに顔を顰める八重妻。




「んで、笑ってる染井を見てるとイライラして仕方ないんだよ。」


小学生のころからそうだったんだよ、ニコニコ笑うあいつを見てるて胸の辺りがジリジリして、壊したくなる。


そこまで言って八重妻を見れば、心底呆れたように俺を見ていた。



「……とんだ歪んだ愛情だな。」


「お前だけには言われたくないな。あいつの周りの人間を片っ端から遠ざけてる男が、……どっちが歪んでる?」


好きな男の子をいじめるなんてかわいいもんだろ?



「……つくしに近づくな。」


「それは無理だ。」



自分のカバンを掴み、教室のドアへ向かう。

八重妻を通りすぎるとき、思い切り睨まれたが、鼻で1つ笑う。


近づくな?それは無理だろう。

俺にそれを気付かせたのはお前だろ?八重妻 夜草。





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