フリリク

□キノコ様へ
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「…………。」



目の前の床に転がる複数の死体。そして、その真ん中に立つ鬼、いや俺の友人。
夕方の走り込みを終えて寮の部屋のドアを開けば、そこはまさに地獄絵図。



数秒の間、意識が飛んでいたらしい。

足元からうめき声が聞こえて見てみれば、口元から血を出した空王が上半身を起こしている所だった。


慌て体を支える。



「ぐふっ」


「空王っ!!なにが、なにがあったんだ。」



辺りを見渡せば、倒れているのは凡、土井、何故かワンコ先輩に穂隅先生。



「……俺は、俺は止めたんだ。それだけはしてはいけないって。」


「なにをやったんだっ!!」



俺の腕の中で、息も絶え絶えに空王が話す。



「……でも止めることは不可能だった。奴らはとうとう魔王を目覚めさせてしまったんだ。」



なかなか核心に触れない空王に焦れて、状況を確認するため再度周辺を見渡す。

倒れている人たち以外でめにつくのは、いつものソファーに凡のゲーム、恐らく空王のであろう血痕。

そして、大量の空き瓶。


顔が引きつる。



「まさか、酒を飲ませたのか。………夜草に。」


「……俺はもう駄目だ。後は頼んだ、友達君。」



左手を俺へ伸ばした空王だが、言い切った瞬間その腕は床に落ちた。



「空王ぉぉおおおおっっ!!」


























「……はぁ、さてと。」



とりあえず、倒れている人たちを部屋のソファーとベッドに移動させて、未だ部屋の中央で焼酎の瓶を開けていく夜草に近づく。


真っ赤な顔に、いつもの涼しげな表情はいささかだらしがないものになっている。

酒がなくなったようで、新しいものに手を伸ばした腕を掴む。



「夜草、そろそろ止めておけ。明日ひどいぞ。」


「つくし……?」



虚ろな目で見てくる夜草にため息1つ。


このままこの部屋にいたら埒があかないと、部屋を出て夜草たちの部屋へ向かう。



「おい夜草大丈夫か?部屋に着いたぞ、鍵は?」


「ぅ―………。」



肩に担いでいる夜草を揺するが単語しか返ってこない。

仕方がないので、勝手にポケットを漁りカードキーを取り出す。




廊下とリビングを過ぎて、夜草の部屋のドアを開ける。


ボスッ

ぐったりとしている夜草をベッドに下ろす。



「ほら、夜草部屋に着いたぞ。起きろ、やーくーさ。シャワーくらい浴びろ。」

「ん………つくし。」



「たく、弱いくせに酒なんて飲んでんなよ。酒臭い夜草なんて俺好きじゃないんだけど……。」



そう呟くと、今まで鈍い反応しか返さなかった夜草がばっと体を起こす。



「っ!!?」



突然のことに心臓が思い切り跳ねた。

上半身を起こしたままで、そこから動こうとしない夜草。


心臓はまだドキドキいっている。




「…………………。」



かすかにだが、夜草がなにかを呟いている。

よく聞こえないと顔を近付けて言葉を拾う。





「つくしが俺の事嫌いになった……。」


「ぇ…………っ?!!」






腕を引かれる。


飛び込んだ先は夜草の腕の中。酒の臭いの中にかすかに香るミントの香り。



「……やく」
「好きだよ、つくし。」



背中に腕を回されて、ぎゅうっと抱きしめてくる夜草に放してもらおうと口を開いたときに耳元で熱く囁かれる。


無理矢理顔をずらして夜草の顔を見るれば、さっきの虚ろな視線とは打って変わり、鋭く熱を帯びた目とかち合う。


一瞬、呼吸が止まる。


夜草の腕の力が強くなる。




「好きだ、好きなんだつくし。……ずっとずっとお前しか見えていない。」



「………夜草。」




名前を呼べば、夜草の顔がくしゃりと歪む。



「……つくし。お願い、嫌いにならないで。」




ボロボロと泣き出した夜草にため息が出る。



酔った夜草はてに負えない。

昔からそうだ。一度酔えば、銃を乱射し刀を振ります。夜草の実家では夜草の目につく所には酒を置かない飲まないはもちろん、酔った夜草には何があっても近づくなが鉄則だ。


ただしそれは俺以外の人間に対してだけ。



「つくし、つくし。」



まるで幼子のように抱きついて離れない夜草。


そう、俺に対してだけは子供のように甘えてくるのだ。




「つくし、本当に好きなんだよ。自分でも怖いくらい。胸が苦しい、苦しいんだつくし。」


「夜草。」



少しだけ緩んだ腕の力に体を少しだけ放す。

いつものクールな夜草からは考えもつかないような姿の夜草に少しだけ笑いがこぼれる。


鳴き続ける夜草の顔を両手で包み込む。




「……つくし、俺のこと嫌いか。俺のことが怖いか?」


「夜草を嫌いになったことなんてない。もちろん怖いと思ったこともない。」


おでこをくっつけて夜草の濡れた目を覗きこむ。



「好きだ、つくし。」


「ああ。」


「お前以外はいらない。」


「ぅん。」





「愛してる。」




唇に濡れた感触。


気が付けば、さっき放した腕はいつの間にか俺の腰に回されていて。


放れていく夜草の顔はそのまま俺の胸元に押し付けられる。







しばらくそのままの体制でいれば、すうすうという寝息が聞こえる。


そんな夜草の髪に軽く唇を押し付ける。




「夜草、俺も好きだよ。」






























……これは夢なんだろうか。夢ならばなんという幸せな夢なんだろう。


目の前で静かに寝息をたてる最愛の人。


見渡せば、紛れもなくここは自分の部屋。


しかし、目の前で寝ている人も確かに本物。いや、見た限りではだが。



軽く体を起こし、鈍器で殴られたように痛む頭を押さえながら、昨日のことを思い出す。



昨日は確か、土井の提案でつくしの部屋で飲み会になって。

夕飯を早めに済ませて、平と土井と俺で酒の瓶を1つ空にした所でホスト教師と生徒会の駄犬が乱入してきたんだ。


そこから記憶があやふやだ。



1人唸っていれば、隣でつくしが身動いだ。



ドキーンッ




「………ん」


「………つ、つくし?」



目をこすりながら見上げてくるつくしは殺人的にかわいいが、何故、上半身裸なんですか。


これは、誘ってるのか?




「おはよう夜草。」


「お、おはよう、つくし。突然だけど、なんで服来てないの?」



自分の理性を最大限に活用して伸ばしそうになる手を気合いでとどめる。



「あぁ、これは昨日夜草が……」



俺が何っ?!


まさか酔った勢いでとうとうつくしを襲ったのか?!
なんで覚えてないんだおれぇええ!!





「俺の服に嘔吐物を。」



「はいっ?!」



「着替えようにも、服を脱いだら夜草が抱きついてきて離れないし。」



「………ごめん、つくし。」




つくしになにやらかしてんだよ俺は。

そして何羨ましいことしてんだよ俺は。




頭を抱える俺につくしが笑う。



「つくし?」


「………ははっ」



頭が混乱する。

そんな俺を見てさらに笑うつくし。





腕を引かれる。



ちゅ




目の前いっぱいに映るつくしの顔はすぐに離れていった。




「……昨日のお返し。」




ニヤリと笑うつくし。



「は?ぇ、え?」




意味不明な単語を連発する俺をニコニコと見つめるつくし。



「は、……ぇええ?」




混乱のしすぎで頭が真っ白だが、これだけは分かる。











俺、幸せ。




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