論破
□second memories
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「ここで一生を過ごすことになるかもしれない。それでもいいかい?」
学園長との面談を終えた夜、ボクは十神クンの部屋にいた。
十神クンは黙って眼鏡を拭いている。十神クンの背中に寄りかかるといつも飛んでくる重いや退けの言葉が今日に限って無かった。
ここで一生を過ごす。それでもいいと思った。それが家族を見捨てるのと同義だとしても。
十神クンは動かない。ボクとは背負っているものがあまりにも違った。知っている筈なのに知らない人である気がした。
「もし本当にここで一生を過ごすなら、退屈で死んでしまうかもしれないな。」
十神クンの言葉が響いた。彼に似合わない言葉だった。
「十神クンは嫌だっていうと思ってた」
ボクの本音だった。彼なら断るかもしれないと何度も思った。それでも彼は今ここに存在していた。
「閉じ込められるのは不本意だ。」
「でも君は残った。ボクは十神クンがいてくれて嬉しいな。」
「安い言葉だな」
結局はみんな残ったのだ。これほど心強いことはないはずなのに、胸の奥がざわついている。
嵐の前の静けさのような、嫌な静寂がボクらを包んでいるのを感じた。
寄りかかっていた体を起こして十神クンの背中に唇を押し付ける。微かに十神クンが震えた。
「……お前などに心配されずとも、俺はここにいる。」
「あは、ばれてた?」
「貴様如きの考えが俺に分からないはずがないだろう」
そうなんだろう。でも嫌な予感がするんだよ、十神クン。思わず君の存在を確認せずにはいられないような、外れてほしい予感がボクの胸を占めている。
「なんだか十神クンを忘れてしまう気がするんだ」
「ずっとここにいるのにか?貴様には記憶力がないのか」
「そう、そうなんだけど、」
この予感はなんだろう。本能が警鐘を鳴らしている。目の前の細い背中を忘れてしまいそうで怖くなる。
また背中に唇を寄せた。
「……苗木」
「なあに、十神クン」
「もし貴様がこの俺を忘れてしまうというのなら、また思い出せばいい。」
ボクの動きが止まる。十神クンは背中越しに顔を向けてボクと目を合わせた。青い目の中にボクのぽかんとした顔が映っている。
「忘れるなどいい度胸だが、思い出せばいいだけの話だ。こんな簡単なことも分からないのか愚民は」
「……ふ、はは、」
十神クンの堂々とした態度に笑いが漏れる。ああ全く、本当に敵わない。
「そうだね、十神クンが忘れることを許してくれるんだから思い出さないとね」
「当然だ。」
忘れるのを許さないとは言わない。思い出せばいいと言ってくれる。十神クンは確かに優しかった。十神クンの隣に並んでいることが嬉しかった。
「何度でも思い出してみせるよ」
十神クンの存在も、この恋心も、何度でも記憶を繰り返してみせよう。
そしてボクらは二度目の挨拶を交わす。
「はじめまして、苗木誠です。」
「十神白夜だ。」
-END-
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キスの日の苗十
背中へのキスの意味→確認
記憶を消される前の苗十