黒籠

□渇に溺れる
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喉が渇く。


「……高尾、飲みすぎじゃないのか」


ボトルに口をつけてごくごくと水分補給。緑間に指摘されたのはその時。
いくら冷え込む季節でも、室内スポーツでも、動けばそれだけ汗をかく。水分補給はいついかなるときでも怠るべからず。それは目の前の相棒も分かっているはずだが、俺はそんなに飲んでいるだろうか。


「んー、乾燥してるからかね?」

「それにしたってその量は異常だ。最近おかしいぞ。以前の倍は飲んでいるのだよ」


白い目を向けられてそうかあ?と首を傾げる。倍も飲んでいるつもりはない。
でも確かに、最近異様に喉が渇く。冷たい水が喉を掠めた次の瞬間には干からびた土のような喉が水分を渇望している。

家でも極力暖房にあたらないようにし、加湿器まで置いているのに渇きは一向に治まらない。


「練習量が急激に増えたわけでもねえしなあ……」


うーんと考え込むが答えらしい答えには辿り着けず。ロッカーの前で悶々としていると新主将に口と腕で攻撃された。


「着替え終わったんなら退け。不能にすんぞ」

「いでっ!もー兄弟して横暴なんだから……口だけでいいっしょ、口もわりいけど」

「あ?」

「すんませんっした。」


今にも人ひとり殺しそうな目を向けられ反射的に謝る。緑間が呆れた視線を俺達に向けた。
あ、と思いついて着替え始めた宮地さんに問いかけてみる。


「最近めっちゃ喉渇くんすけど原因なんですかね」

「知るか」

「つっめてえ!後輩の悩みにその一言っすか!」

「部内でダントツで水飲んでるヤツが何言ってんだよ」

「あ、やっぱりそんな飲んでます?」

「量は異常だな。つか俺より緑間に聞いた方が解決すんじゃねえの」

「俺に聞かれても分かりません。……だが、WCが終わってから増えたような気がするのだよ」


言われてみれば、WCから少し経って渇きが増した気がする。
それを聞いた宮地さんがぱちりと目を瞬いたあと、苦虫を噛み潰したような顔をした。気付いた緑間が声をかける。


「どうかしましたか」

「いや……そういえば高尾、兄キが寂しがってんぞ」

「えっ!」

「なんも言ってねえけどな、顔に書いてある」


突然話題を変えられ声がひっくり返る。ちょっと情けなかったが嬉しい情報だ。


「次のオフ押しかけていいっすか!?」

「あーまあいんじゃね」


宮地さんの生返事が耳をすり抜け、一気に気分が上がる。緑間に単純だなと囁いていたのは気のせいだ、気のせい。それに頷いていた緑間には明日の占いが8位になる呪いをかけてやろう。

受験勉強があるだろうから行くのをためらっていたがそう言われては行くしかないだろう。
心なしか喉の渇きが強まった気がした。



***



一日オフの日がやってきた。
宮地家の水をがぶ飲みするわけにもいかず、ペットボトルを三本買ってインターホンを押す。
そのうちの一本は既に尽きようとしていて、全く潤わない喉に僅かな苛立ちを覚えた。

ガチャリと音がしてドアが開かれる。出てきた人の出で立ちにぶはっと吹き出した。


「なん、なんすかそのカッコ。もこもこ、ぶふっ」

「うるせえ殴るぞ」

「いてえ!もう殴ってる!」


着る毛布みたいに分厚いセーターとふわふわの猫靴下を身に着けた宮地さんは完全防備と言っていい。
家に上がらせてもらってから人の気配がない事に気付き、宮地さんに問う。


「今日弟さんもいないんすか?」

「友達の家でゲームすんだと」

「ふうん……」


気を使ったのだろうか。なんだかんだで会うの久々だし。
明るく輝く髪色に喉が干からびていくのを感じた。

宮地さんが入れてくれた温かいココアをもって部屋に向かう。暖房の効いた部屋を想像していた俺は入った瞬間悲鳴をあげた。


「さっむ!エアコンつけてないんすか!?」

「あ?誰かさんが喉の渇きがひでえって聞いたからつけてねえんだよ。おかげで着ぶくれて動きにくい」


顔を顰める宮地さんを見て無意識に喉が鳴った。それに気付いてはっとする。

喉が、渇く。異様なほどに。


「つうか水どんだけ買ってんだよ。そんなに乾燥してんのか?加湿器持ってくるか」


俺の持っていた袋を覗き込んだ宮地さんが部屋を出ようと立ち上がる。その腕を引っ掴んで床に押し付けた。
宮地さんの頭がクッションに沈む。びっくりした顔で俺を見上げる、色素の薄い瞳を見てどうしようもない渇きが襲った。

この渇きは、この人を見ると増すらしい。
新主将は気付いたのか。余裕のない顔を晒したかもしれないと思うと恥ずかしいが、今はそれどころではなかった。


「高尾、」

「ねえ宮地さん、セックスしましょうか」

「は?」

「すげえ喉渇くの、多分アンタ抱いたら治るよ」


ぽかんとしていた顔が呆れに変わり、少し頬に赤みが差す。宮地さんはため息まじりに言葉を吐き出した。


「喉渇いてたのって欲求不満かよ……」

「それだけ宮地さん求めてたの」

「都合のいい解釈だな」

「いいじゃんそれで。したくない?」


問えば、宮地さんは目を瞬いた。先日同じようなものを見たなあと頭の隅で考える。
組み敷いている人の唇がいたずらに弧を描く。途端に漂う色気に脳が痺れた。


「俺も、喉が渇いたな」


欲求を吐いた唇に噛みつきたいのを我慢するほど、俺は大人ではなかった。





-END-





***

欲求不満が喉の渇きになって表に出た高尾ちゃん
高宮書くと雰囲気えろになるのどうして

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