逃避

疲れが溜まっていたのだろう、会議の途中で寝てしまうなんて、僕らしくない。
だけど、目を開いた瞬間飛び込んできた光景は、ありえないものだったから。
僕は、それを夢だと思い込む事にして、再びそっと目を閉じた。



「哀川君」

やっと会議が終わった。
皆がガタガタと席を立ち下校準備をしている中、何を考えているのかぼんやり座ったままの彼に声をかけた。

「小田桐」

振り向く彼は普段と同じ無表情。次第に仲良くなりつつあるが、きっと彼の考えている事を理解できる日は来ないだろうと思う。

「話がある。少し付き合ってほしいんだが…」
「ああ。いいよ」



「単刀直入に言おう。伏見に君との事を相談された」
「へぇ、男は苦手って言ってたのに…随分信用されてるんだね、小田桐」

何を考えているかわからない笑顔。彼は、どんな表情をしていても、何か…仮面のようなものを被っている気がする。
様々な仮面を用途に合わせて使い分け、様々な人格を演じているような。

「…君は、伏見と付き合っているらしいな。」

呟いた声は、自分でも驚く程に低く沈んでいた。

「違うよ」

返された言葉に目を見開く。顔をあげれば、先と全く同じ笑顔。
「………な、」
「俺、恋人はいないよ。仲良い子なら何人かいるけど、皆恋人候補。今付き合ってる人はいない」
「…伏見に聞いた話だと、君と伏見は付き合ってるようだったが?」
「デート何回かして、手繋いだだけだよ。俺は伏見のこと好きだなんて言ってないし、言われた事もない」
「………哀川、君」

言うべき言葉が見つからない。
泣きそうになりながら、彼への想いを語っていた彼女を思い出す。

「ーもし、さ」

いきなり、視界に彼の手が入る。頬に触れようとしてくる手に、一瞬体がびくりと震えた。

「それだけで俺と伏見が付き合ってる事になるなら、俺と小田桐も付き合ってる事になるよね」
「ーなっ…!?」
「先週の金曜日。したよね、キス。小田桐、抵抗しなかったよね」

疲れが溜まっていたのだろう、会議の途中で寝てしまうなんて、僕らしくもなかった。
だけど、目を開いた瞬間飛び込んできた光景は、ありえないものだったから。
哀川君が、僕に、キス、してるなんて。
僕は、それを夢だと(ずっと秘め続けるつもりの想いが見せた都合の良い夢だと)思い込む事にして、再びそっと目を閉じたのだ。

「隠さなくていいよ。ちゃんと、知ってるからさ」
「…、な…ッ、に、を…」
伸びてきた手は、今しっかり僕の頬に添えられている。
だからじゃないだろうけれど、目が逸らせない。
声がちゃんと出ない。
足を動かせない。
頭が、ぐらぐらする。

「小田桐、俺の事好きだよね?」

びくり、と体が震えた。
それが伝わったんだろう、哀川君が笑みを(あの、感情を感じないそれを)深くする。

「ね、小田桐」

頬が熱くなるのを感じる。
否定の言葉を口にしたいのに、声が出ない。
僕より、少しだけ低い身長。見下ろしていて初めて、彼がこんなに近くに来ている事に気付いた。
たん、という音にそちらを見れば、哀川君の手が壁に触れていた。

「言って」

後退りしようとして、そこでやっと自分が壁に背を付けていることに(もう、逃げれないことに)気付く。

「小田桐の口から、小田桐の言葉で。俺をどう思っているのか教えてよ」

ー囁かれた言葉は、まるで脅迫みたいで。
拒否する事なんて、できなかった。

「ー好き、だ…哀川君、君の…ことが…」

無理矢理出した声は、笑いたくなるほどに震えていた。
哀川君が、笑う。

「嬉しいよ、小田桐」

ーほら。
君の、言葉は。

「恋人…本当に、なろうか?」

君は、僕の事なんて想っていないのに。
選択肢の一つとしか思っていないのに。
それでも、彼が好きだから、近付いてくる顔を、唇を。

拒否する事なんて、出来なかった。



薄く開いた目、ぼんやりと焦点の合わない視界は、哀川君以外のものが見えない。
(もう…本当に、逃げれない)

良いのか、悪いのかはわからないけれど。
僕は、それを夢だと思い込みたくて、そっと、そっと。

目を、閉じた。





哀川彰ハーレム作ろう大作戦。(台無しだよ)
頭の中にぶわっと…こんなのが…

主人公がすっかり小田桐の嫌いな“秩序を乱す素行不良の生徒”ですいません。
主人公を信じ教師と言い争ったり(しかも教師が正しい)、主人公の為に次期生徒会長の推薦を諦めたり、主人公を疑ったというだけで教師の教員免許を疑い、「全校生徒を敵にまわしても、君は守る。」とか言っちゃったりする小田桐を見ていると、「恋は盲目」という言葉が頭を過ります。




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