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□所有者の刻印
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「はい、どうぞ」


部屋の奥から出て来た八戒は、手に持っていた湯呑みをテーブルにコト、と置いた。
それは着席し、夕刊に目を通している三蔵の前。
ああ、と気のない応答を返してその湯呑みが拐われる。

ありがとうとか、そういう言葉を期待していた訳ではないけれど。
素っ気ない態度はいつも通りで、特に何を思った訳でもなかったけれど。
佇んだまま脇の三蔵へふと視線を落とすと、背後のレースカーテン越しの西日を受けて、蜂蜜色の毛先がするっと零れた瞬間を目撃した。
髪と同じ色に染まっている襟足。
だが、それとは異なる色を見つけて……苦笑した。


「……三蔵、」
「なんだ」
「見えてますよ」


八戒の言葉の意味を理解出来なかったらしく、かけていた眼鏡を僅かに下にずらして振り向いて来た。
訝しげな紫暗を見て、上げた人差し指が八戒自身の襟足に向かう。
トントン、と軽く肌を打ってみれば、少しの間を置いて、三蔵の顔が西日並みに赤くなった気がした。
ばっと手を宛てて隠しても、今更遅いことに気付かない訳がなかろうに。


「好きですねー、悟浄も」


度々見掛ける、所有者の刻印。
しかも毎度同じ場所。
三蔵法師の服では見えないけれど、私服のシャツでなら見えるギリギリの場所……狙ってやってるんだろうと判断する。
くすくす笑ってみたが、そこに含まれているのはほぼほぼ呆れだ。


「三蔵も、無防備に見せ付けておいてそんな顔するくらいなら、突っぱねてやればいいのに」
「うッ、るせぇ……!!」


視線の投げ方は完全なる威嚇だったが、今は威圧感0。
まぁ、分かってますけどね、と思うけども。

平素は唯我独尊な三蔵も、悟浄にかかれば大人しくなってしまう。
どうせ夜も、嫌だ嫌だ言っても結局流されてしまうんだろう。
……なんて、余所様の事情に首を突っ込んでちょっと楽しんでる自分を知ったら、悟空はどう思うのかなー、なんて。


(……そう言えば……)


……悟空。
彼との関係性は、今やこの余所様と同等な訳で。
この人は僕のなんだぞーって、同じように紅い印を刻んでみたりするのだが。
彼の肌にはなかなか残らない。
体質的なものなのか、結構しっかり付けようと意識しなければ、本当に霞んだ程度だ。
しかも、それ程の日数を必要とせず消えてしまう。
……残念、という他はないし、第一、それで彼を手離すとかの次元でもないんだけど。


(ま、代謝は良さそうだけどな)


キスマークと言っても結局は内出血の類いで、皮下に漏れたその出血を身体が吸収するから消えるのだとか聞いたことがある。
代謝が良ければその分早い、とも。
今まで健康優良児を素で来た悟空を思えば、納得ではあるのだが。
でもやはり、独占欲というのはつきまとう。
誰に取られるなんて心配はそもそもないのだが、でもやっぱり。

思案の海に沈んでしまっていた八戒は、傍らからの視線に気付いて我に返った。
その方向を見れば、少し面食らったような表情で見上げて来ていた三蔵が。


「……何か?」
「お前の百面相……レアだな」


くっ、と笑われて、八戒は乾いた笑いを漏らした。










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