お題

□抱き締めたら何か変わる?
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「今までありがとう、正臣」


そんな寂しいこと言うなよヨシヨシ。
久々に見た気がする白いパーカーがやけに眩しくて、視界と思考を滲ませた。

まさに青天の霹靂だった。
いつもなら早くに来て授業の準備をしていたヨシヨシが俺が来てもいなくて、帝人や杏里と来ないなーって話をしてたときだった。
先生に促されて教室に入ってきたヨシヨシが俺が来てもいなくて、帝人や杏里と来ないなーって話をしてたときだった。
先生に促されて教室に入ってきたヨシヨシと目が合い、手を振ったら苦笑が返ってくる。
これはいつも通りだ。

つめたーい帝人と違ってひとつひとつ反応してくれるヨシヨシの能面の転校してきてから二ヶ月も経ってないんじゃないか?
それなのに転校だなんて。

新宿とか、銀座とか、東京23区とか、関東とか、北海道に沖縄、東北中部東海近畿中国四国九州ならまだしも海外だって?
めちゃくちゃ遠いじゃん、海外なんてさ。

結構頻繁にかけてた電話もメールもできないことはないけど限られてくる。
日常的に交わしてた会話も当然なくなるし、黄巾賊として走り回ってた頃が懐かしくなった。
あんときヨシヨシがバイクの後部座席にしがみついたときは焦ったなあ。
あんな鍛えてなさそうな身体でしがみつくなんて自殺行為だ。
咄嗟に放すなとは言ったけど、もしヨシヨシの手があれから放れてしまって道路に転がった可能性を考えると今でもぞっとする。
でも、それで入院したらシンガポール行きも……いやいや何考えてんだよ俺。
そんな都合のいいこと起こるわけねぇし、しかもそれはヨシヨシが相当の怪我を負った場合だ。

間違いなく、俺の心のが折れる。砕ける。もうぼろっぼろに。


「なんでここに来たんだよ……」


ふらふらと足を無造作に動かして、気付いたらいけふくろうの前に来ていた。
ヨシヨシと待ち合わせにしていた、何度も来たことのある思い入れのある場所。
無意識の内に来てしまったことに苦笑をもらし、ポケットからケータイを取り出す。
転校してしまう明日が来てほしくなくて家を出たのが10時だった。
それが今や10時半、ずいぶん時間をかけて来たもんだとひとりごちる。

これから先、確実に来る回数が減るであろういけふくろうはただ無表情で俺を見ていた。


「正臣……?」
「ヨシヨシ……!? なんでこんなとこ……しかもこんな時間に来るなんてずいぶん不良になったなー、うん」
「明日出るから、池袋の景色覚えておきたくて」


目の前にある親しみのありすぎる顔が今は見たくなかったのに。

俺を見つけて嬉しそうに近寄ってくるヨシヨシの目を見ないように、目線をいけふくろうに固定しながら言葉を発する。
気を逸らしていた転校という事実を改めて本人の口から訊いてへこんだ。

せっかく友達になったんだから離れたくないというのもある。
あるにはあるが、それを上回る燻った何かに気付かないフリをして押し込めてきたのに。
心の底で震える感情に押し潰される前に別れておきたかったのに。

ホントになんで来ちゃったんだよ、ヨシヨシ。


「ダメだぞー、夜は危ないんだから気を付けないと。またダチが痛い目見るなんて嫌だからな」
「はは……気を付けるよ」
「その曖昧さがヨシヨシのいいところだけどさ、やっぱりダチとして心配なわけよー。あんときもバイクに飛び付くなんて無茶しやがって」
「あれは……無我夢中で」
「危ない! ヨシヨシには危機感がない! そんなんじゃ池袋じゃ生き残っていけないぞ!」
「明日からシンガポールだから。あっちでも気を付けるようにする」
「あ、ははー……そうだったそうだった! ヨシヨシいつもと変わんないからさ」
「慣れてるんだ。別れるのも、出会うのも。でも……今回はちょっと寂しいかな」


焦りからか思いの外よく回る口が空回りしたのに気が付いたのは、いつもは好奇心に満ち溢れてる瞳が伏せられたからだった。
そのまま眉を八の字にして笑うヨシヨシの表情になんとも言えない苦味が広がる。
無理して笑わなくてもいいと言いたかったけれど、唇は調子の良い台詞しか発してくれない。
普段なら笑って過ごせるのに。どうしてこんなに苦しいんだろうか。

今回は寂しいのはきっと池袋にいる人達の多種多様なカラーに圧倒され引き込まれたからだろう。
俺もその輪に入ってるのは嬉しかったけど、他の人達より一歩抜きん出たかった。
嫌われるかもしれない。
でも邪魔もいなくて、インパクトのあることをできるなら今。

白いパーカーに隠れてる冷たい指を引いて身体ごと包み込む。
一瞬だけ、強く抱き締めてからヨシヨシの身体を解放した。
冗談で済ませる為に軽口をひとつ加えれば完璧だ。
寂しいけれど、自分の気持ちに決着を付けて早く忘れなければ。


「いやー驚いたか? 男に抱きつかれるなんて思ってもみね、え……」


だろ、と続けようとしたが、目の前にいるヨシヨシが耳まで真っ赤に染まっているのに気付いてしりすぼみになった。
その景色を呆然と見つめていた次の瞬間、腕を引かれ触れ合った温度を直に感じて顔中に熱が集まる。

背中に回された腕に泣きそうに笑った。
ああ、放したくない。



抱き締めたら何か変わる?



もしかして同じ気持ちだったりしちゃう?
期待しちゃうぜ、俺。


「メールだって電話だってなんだってするから。なんなら会いに行くから」


変わったのは俺とお前のこれから。



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always lover様へ提出させていただきました。
素敵な企画ありがとうございました!

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