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□昔話し
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夜一は、そんな喜助とマユリを眺めながら思う。
恋をした者はその時の幸福感故に、いつの間にか相手の過去を詮索し始め。
有りもしない事を妄想し、身勝手に苦しみ始める。
それは相手への想いが強ければ尚のコト。
それは目前でヘラヘラと恋人に纏わり付く幼なじみの男も同じだったようで。
実はこの酒宴も、喜助本人から持ち掛けられた話しであったのだ。
恋人であるマユリの過去が気にはなるが、器の小さな男だと思われるのもまた嫌で。
何とか酔わせてその辺りを聞き出して欲しいと、喜助より頼まれた夜一なのだった。
何と腑抜けた男であろうかと、夜一は喜助を一喝したものの。
このような頼みは初めてのことでもあり、ヘタレた表情の幼なじみに一つ力を貸してやろうかと思い立ったのだった。
しかし…ー。
「今が在ればそれで充分、か…。
喜助よ、ワシはお主よりクロツチの方が余程男らしい男に思えるぞ!
主はネチネチと、何時までも過去を気にするでない」
酔いが回り、マユリに絡み付こうと懸命な喜助を見遣り、夜一は小さな溜息を付いた。
「おい、化け猫!どういう意味だネッ!?
浦原、キサマ離れ給えヨ!」
「マユリさ〜ん…、好きっス!」
「おいッ!ば、か…」
立ち上がるマユリの足を絡め取り、バタリと畳みの上へと押し倒す喜助。
喜助のその目はトロンと甘く艶めき、今まさにコトに及ぼうとする予感。
「冗談は、止め給え…ヨ」
組み敷かれたマユリは、真剣に焦った。
後方にはニヤけた顔でこの状態を観察する女が一人。
喜助はと言えば、何がスイッチだったのか不明だが。完全にヤル気オーラを発している。
冗談、ではない。
「くそッー!」
マユリは喜助の急所目掛けて一蹴り入れようと見をよじったが、ぴくりとも動かない。
その内、マユリが見上げる喜助の顔の隙間から、夜一の不敵な金の瞳が近付いてきた。
ちょうど上下から自分の顔を二人に覗かれる状態に、マユリは怒りと恥ずかしさに吠えた。
「キサマら二人、何を考えているのだネッ!」
「アタシは、マユリさんの事しか考えてないっスよ♪」
「ワシは別に何も、考えてはおらん」
そう言った夜一は、ニヤリと意地の悪い笑みを残し立ち上がった。
「おいッ、貴様どこへ行くのだネ?
この馬鹿な男をどうにかし、やッ…止めロ、浦原!」
いよいよマユリの胸元を弄り始めた幼なじみの姿を目に止め、夜一は静かに部屋の襖へと足を運ぶ。
「ワシは帰るぞ。後は二人で愉しむがよい。
旨い酒であったぞ、ではな!」
そしてピシャリと襖は閉められ、恋人二人がそこへと残された。
不安も嫉妬も、恋なれば。
終。