リクエスト・企画作品置場
□ふわり
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マユリさんと恋人になれ、アタシは毎日とても幸福だ。
少し前を歩くマユリさんの背を見つめながら、アタシはあの日を思い出す。
アタシがマユリさんに告白したのは、三週間程前。
自分の容姿と強引さには少しの自信があったけれど、相手がマユリさんならば別だった。
好むは実験・研究ばかりで、彼にすれば恋愛なんてちんけな言葉や行為に過ぎないだろうとそう思っていた。
男に…しかも日頃毛嫌いされている感の強いアタシが告白などして、マユリさんがそれを受け入れてくれる可能性は、限りなく零だと思っていた。
*
『正気、なのかネ…?』
アタシの告白に続いた、マユリさんの最初の言葉。
彼は珍しく、ポカンとした顔でアタシを見ていたと思う。
『ほ、本気っスよ!マユリさんが好き、なんです。付き合って欲しいと言う、意味で…』
アタシの手足は緊張で、僅かながらも震えていただろう。
マユリさんを前に、格好よく決めようとあれこれ考えていた決め台詞など頭の片隅にも存在せず。
結局随分と、陳腐な告白となってしまった。
『浦原、キサマが…?』
二言目。
マユリさんはアタシの顔をまじまじと見て、今まで聴いたこともない声で。
ゲラゲラと、笑った。
『マユリさぁ〜ん、アタシ本気だったんスよ?そんなに笑わないで下さいよ…』
瞬間。完全に馬鹿にされ否定されたと、アタシはそう思った。
久しく忘れていた失恋の痛みがジクジクと、アタシの心を蝕んでいく。
マユリさんへの恋心は随分と前からだったから、その分ショックは何倍増しだった。
それでも何とか彼に笑ってみせたのは、アタシのちっぽけな、糞みたいなプライドと心の保守反応。
でもきっと。
聡明な彼の瞳には、惨めで哀れな男が虚勢を張っている姿としか、映らなかったと思う。
そして、三言目。
『フフッ…、面白いねぇ…浦原。いいヨ、お前を受け入れてやる』
『えっ…?』
その言葉に、今度はアタシがポカンと彼を見上げた。
叶わないことが叶った時というのは、案外と何も言えないもので。
アタシは暫く固まったまま、マユリさんの綺麗な琥珀の瞳を見つめていた。
『オイ、浦原どうしたのかネ?今更、前言撤回か…?』
『何で…、マユリさん。嘘じゃ、ないッスよね?!』
『私も存外、キサマが嫌いではないようだヨ。
今、気付いたのだがネ…』
余りに驚いたものだから。その場で固まってしまったアタシに、マユリさんはあの特有な口元で、クスリと笑ったのだ。
『―ッ!…マユリさん。マユリさんっ!!』
アタシは嬉しくて嬉しくて、彼に走り寄りそのまま強くその身体を抱きしめた。
抱きしめる間、少しの抵抗を感じたけれど。
アタシはただ夢中に彼の名を何度も呼び続けた。
実際のマユリさんは見た目通り、アタシの背よりいくぶん低く。
想像以上に細い彼の身体は、すっぽりとアタシの腕におさまった。
あの、焦がれ欲した彼の身体がこんなにも己の近くに在ることが。
本当に、嬉しかった。
*