リクエスト・企画作品置場
□終滅愛(*)
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『アナタの全て。どうしたらボクのモノになるのかって…、最近じゃそんな事ばかり考えてるんスよ…?』
縫い付けられた耳元に指を這わせそう優しく囁きかければ、マユリさんは怒りと羞恥に潤んだ瞳でボクを睨み据えた。
先刻ほんの少しだけカレの湯呑みに混ぜた、神経遮断薬
それは脳から伝達される筈の四肢の随意運動に即座に効果を現した。
くたりと、まるで人形の様に力無く床に横たわるカレの姿が何とも愛おしく
普段は触れることすら許されない少し乱れた蒼髪を掬い取る様に撫で上げたら、見開かれた金色の瞳が抵抗の色を強めた。
カレの両腕をその背後に
そして両脚は膝を折り曲げた形で帯できつく縛り上げたのだから、既に薬なんて無くても身動きなんて出来る訳がない。
それでも何とかこの屈辱的な有様を打開したくて、マユリさんは躯を僅かに蠢かせる。
そんなアナタの所作すら、ボクの劣情を煽って仕方ないと言うのに
聡明な筈のアナタは何故、何時まで経ってもボクの気持ちに気付き応えてはくれなかったのでしょうか?
僅かに身じろぐ度に拘束する帯の糸がその白く痩せた皮膚に食い込み、マユリさんは痛みに顔をしかめている。
そんなカレの姿を眺めていると、四肢の動きと声の構音機能だけを遮断するように配合した薬の調合はやはり正解だったのだと、自分を褒めてやりたくなった。
「…グッ…ゥ、う゛…らは…ら、ァ…キサ…ッ…!」
腹の底から絞り出すようなカレの声にすらボクの脳と心は歓喜する
あら、しかしまだ喋れたんですね
少し薬の配合にミスがあったでしょうか、ねぇマユリさん?
キミもまだまだ力足らずなのだよと、どうかボクを笑ってやって下さいな。
「苦しいですか、それとも怒ってるんですか?」
「ングッ…、きさ…ま、ゆる、さ…ん …ッ!」
驚きと怒りが入り混じったアナタのその表情が堪らない。
きっとボクに言いたい事が沢山おありなのでしょう。
しかし駄目ですよ、そんな顔をしたって。
だってボクなんかに心を許して、何の躊躇いもなく薬を口にしたアナタが愚かなのだから。
「アナタのコトを考えていますとね…、今までボクが好いてきた女性達に対する気持ちが如何につまらないモノだったのかを痛感させられるんスよ?」
拘束されたカレの前で屈み込み、怒りで小さく震えるマユリさんの唇にそっと指をあてる。
本来ならば温かい筈のその薄い粘膜は、まるで死人の様にヒヤリとしていた。
「今までのボクは、ただ一時の快楽を誰かに求めていた。彼女達に好きな物や悦ぶ言葉を与え、彼女達はその躯を与えてくれた。
だけどボクは、何時の間にかその遊びに飽きてしまうんです。
そんな遊びは何一つ何も、ボクの心を満たしちゃくれなかったんスよ…」
返答の無いその唇から指先を離し、カレの死覇装の帯に手を掛ける。
白帯の結び目をスルリと解けば、カレはそこで初めて動揺に揺らぐ瞳をボクに向けた。
何をするつもりだと、その瞳が語る。
「そんな怯えた顔しないで下さい。アナタのそんな顔見ちゃうと…興奮しちゃいますよ」
「ハッ…ぁ、げすガッ…!」
「それは、すみません」
にこりと、笑ってみせる。
戸惑いと下劣なモノを見るようなマユリさんの表情に、しかしボクの性器ははしたなくも刺激を受け緩やかな興奮を示す。
解いた帯を幾重にもカレの頭部に巻き付け、そのままその両目を塞いだ。
後頭部で帯の端をキュッと結び付ければ、まだ動く頭部を動かして抵抗するマユリさんのその姿に再び愛おしさが募って白い項に口づけた。
「イッ…め…!う゛ゥ…」
項をきつく吸い上げると、マユリさんは首を捩ってボクの愛撫に抵抗する。
四肢の動きを拘束し視界すら奪ったこの状態でまだ抵抗するなんて、本当にボクはアナタに嫌われてるんスね。
まあだからこそ、アナタは今こんな姿で床に這っているのだけれど
「このまま犯されるとか、そんなヤラシイ事考えてるんじゃないっスよね?」
首筋に軽く歯を立てると、マユリさんの体幹がピクリと動く。
感じてるんですか?
紅い花弁が浮かんだ項に唇をそっと当て意地悪くそう囁くと、声にならない低い呻き声がカレの唇から洩れた。
ぱくぱくと何か言いたげに開口するマユリさんの薄い唇からは、残念ながら徐々に言葉らしい発語が聞かれなくなってしまった。
今回調合した薬はどうやら、効能が現れる器官に時差があるのだと気付く
マユリさんの罵倒が聞きたく無くて言葉の伝達回路さえ奪ってしまったけれど、あの独特な艶のある声色が聞けないのはとても残念だと、今更ながら少し後悔した。
解いた帯のお陰ですんなりとカレの死覇装の衿元はたゆみ、下に身につけている白地の襦袢がチラリと覗く。
今ならば少しだけそこに手を伸ばせばすぐに、カレの滑らかな皮膚に這ういびつな傷跡に触れることも可能なのだろう。
そこに指を這わしまだ新しい傷口を押し拡げ、舌を捩じ込む。
その傷はまだ完全に塞がれてはいない筈だから、きっとボクの舌を鉄臭い血液と共に柔らかく包み込んでくれるのだろう。
そして苦痛と侮蔑に歪むカレの顔を正面から覗き込み、その躯に己の欲望を打ち込め果てれば肉体の欲望は急速に鎮火してゆく筈に違いない。
そんな事は、今までもう何度も妄想した。
だけれど今はもうそれでは駄目
ボクの心は既に、そんな肉欲的な充足では満たされない程に渇いてしまったのだから。
マユリさんと躯を交わらせて得られる快楽など、所詮は一時の余興。
それこそ今までのボクが女性に求めてきた、愚かな肉欲だけの充足にしか繋がらない。
「マユリさん…ねぇ。究極の愛情表現って、どんな形だと思われますか?」
耳の縫い目をグルリと舐め回し低く囁くと、びくりと肩を震わせるマユリさん。その反応につい口元が綻んでしまう。
横たわるカレの肩に手を掛け仰向けに寝かせれば、両脚を折り曲げ拘束したせいで自然と腹部が突っ張る姿勢となる。
縛り上げた両腕も床と自身の重みに挟まれ、きっと痛く苦しいに違いない。
「アナタをこんなやらしい姿に縛るなら、最初から着物なんて脱がせておけば良かったっスね」
愛しさを含めてそう呟くと、マユリさんは今は意思表示できる首だけを激しく左右に振って抵抗した。
相変わらず魚の様にぱくぱくと開くだけのカレの唇は、実際どれだけの罵倒を紡いでいることなのだろう。
拘束したマユリさんの両太股に跨がると、ボクの重みが加わったせいでどこか痛むのか押し殺した様な呻き声が聞こえた。
緩んだ上肢の死覇装と肌襦袢をスルリと胸元まで下げる。
痩せて浮き出た鎖骨や肋を暫く鑑賞しているだけで、更に熱を持ち始める己の性器の素直さが可笑しくて笑えた。
マユリさんの下半身を布越しにそっと触れてみたけれど、やはりそこには興奮の兆しすら見当たらず少し残念に思った。
「話は戻りますがねマユリさん。そもそも究極の愛なんてボクが思うに、実際目に見える物じゃないと思うんスよ」
カレの下半身から指を離し、剥き出しになった滑らかな白磁の肌に指を這わせる。
脇腹や腹部を走るいびつな縫合跡は視覚的な情欲をそそったが、今からボクがカレに与える愛を想像すると、それは霞みの様な快楽にしか感じられなかった。
「愛していると、囁く言葉?」
右手を胸から滑らせ、カレの首筋に当てる。
頸動脈辺りに指を添えると、皮膚の暖かさとマユリさんが生きている証がドクリと伝わった。
「肉体や体液が交わって、共に果てる事?」
スルリと指を首に巻き付け、少しだけ力を込めて圧迫してみる。
マユリさんの首は通常の男に比べ細いものだから、ボクが掌を広げれば片手だけであれば充分なのかもしれない。
「アナタはどう思われますか?」
喉仏の辺りに掌を置き徐々に指先に力を入れて圧迫してゆくと、マユリさんは驚いた様に再び激しく首を振り抵抗を見せた。
「ああ、すみません。視界まで奪って突然こんな事してしまったら恐いっスよね?
ボクったらつい調子に乗ってしまって…ふふ。
アナタの良い顔見せて下さいな」
そう言って空いた左手で、カレの視界を遮っていた帯の重なりを解いてみる。
すると、射殺されそうな程に殺気を含んだ琥珀の瞳が現れた。
「……う゛ら…は…ァ、ころ…す…!」
呂律の廻らない口でそれでもマユリさんは懸命に、ボクに愛を囁いてくれた。
「殺したいですか、ボクを?」
そう。愛なんて言葉やセックスよりずっと、アナタに憎まれ殺意を向けられる事の方がより気持ち良い。
ボクを憎んで憎んで殺したい程に、強く想って愛して下さいな
そしたらボク達は初めて、本当に一つになれる気がするんです。
「マユリさん、ボクのモノになって頂けませんかねぇ…?」
左の指先で優しく頬を撫で、そのままカレの首元に滑らせる。
そして両の手をその首に絡めれば、マユリさんの瞳が初めて恐怖に見開かれた。
「愛に形は無いと言いましたがね…、ボクはアナタを自分のこの手で殺して差し上げたいんですよ。
そして憎しみでも何でも、アナタに強く想われたい。
アナタを失って絶望する。そして大好きなマユリさんは永遠に、ボクのモノになる…」
それがボクの、愛し方
そう囁いて徐々に指に力を入れると、信じられないとカレの瞳が恐怖に揺れる。
両の指先に感じるマユリさんの速まる胸の拍動と小刻みな喉の震えに、ボクの脳は既に大きな興奮を覚え性器は硬く反応していた。
たまらなくて、荒い溜め息と共にマユリさんの下腹部にソコを擦り付ける様に動かしたら
まるで汚物でも見る様な眼差しで見つめられ、余計に劣情が高まってしまった。
「…ア゛グッ…、キサ…ま゛…は…ァ!」
振り絞るようなマユリさんの嗚咽の様なその声に、やはり言葉は最後まで残しておくべきであったと
ボクはらしくもなく二度目の後悔。
締め付けを強める指に酸素を求め、喘ぎながらも声にならない罵倒を発するマユリさん。
そんなに強くアナタに想われて、その中で愛するアナタの命が絶たれる姿を見る事ができるボクはとても幸せ者です。
「ガッ…!ハ…ぁ…ァ」
ギョロリと、カレの血走った金の瞳がボクを睨み。
口元から覗く濡れた舌がとても卑猥にボクを誘った。
「マユリさんなぁに?」
瞳を覗き込めば、水を張ったカレの眼球に映るのはボクだけの姿
何て、美しい。
その時ボクは、今まで感じたことの無い浮遊感の中で一人射精していた。
全身がビクビクと痙攣し始めたカレの弱まりゆく首筋の拍動から指先を離すと
ボクは見開かれたカレの瞳に再び欲情し、そこに静かに口づけをした。
背徳と喪失から生まれる快楽こそがアナタとボクの、永遠の愛
終。