リクエスト・企画作品置場

□BLUE MORPHO
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手に入らないモノほど求め焦がれるのが人の性



避けられて逃げられて、時には爪を立てられて
それでも一度気に入った相手を手に入れるまで追いかけるのが、雄の性ってもんでしょう?



しらりとそう言ったら、何時もの無表情なマユリさんの顔は随分と険しく歪められ、更に冷たい眼差しが倍増しとなりアタシを一瞥した。

















「やだなぁマユリさん、そんな目で見ないで下さいよ。今の台詞って結構上等な口説き文句だと思ったんスけど」

「馬鹿の戯れ事に裂く時間はないヨ。上等…?実に常套的な言い回しだと、呆れるがネ」



もう何度目かも忘れてしまったアタシの告白に、これまたもう何度目かも忘れてしまう程に素っ気ない態度と、同じ答えを繰り返すマユリさん。

アタシがこうして彼の仕事場を訪れる(曰く、邪魔に入る)事が既に日常と化してしまったこの頃。
マユリさんの皮肉混じりの呟きなんかアタシは既に慣れっこで、こちらを侮蔑するように向けられた彼の双眼の動きにさえ、年甲斐もなく心を躍らせた。

彼に見つめられるだけで跳ねる己の心はまだ初々しい童貞のそれの様で、全く良い歳をした自分でもどうかとは思うのだが
まぁつまりはそれ位に、アタシは彼に惚れてるということ。





「戯れ事だなんて酷いな。マユリさんこそ、そろそろ折れてくれても良いんじゃないっスかね?
アタシがこんなに一生懸命毎日毎日求愛行動を取ってるのに、何時までも応えて頂けないだなんて酷いじゃないですか」



軽薄そうだと言われる笑顔を貼り付けて、自分より背の低いマユリさんの正面に近付けば、少しだけ警戒の色を強めた眼差しがアタシを射抜いた。

角度や感情によってその色を変化させる彼の瞳はとても美しく、それは日頃、無表情を決め込む彼から唯一の感情を読み取る事のできる器官でもある。

アタシを伺う様な彼の瞳の警戒色
アタシにとってそれがどんなに魅惑的な眼差しに見えるかなんて、きっとマユリさんは気付いてもいないのだろう。

互いの警戒と緊張でビリビリと震える空気は余りにも心地好く、アタシの口元には深い笑みが刻まれるばかりだった。





「折れる?何に」

「だから、そろそろアタシの求愛に応えて下さいよ…と。そう言ってるんスけど?」

「笑わせるなよ、浦原。自然界ではネ、同じ性に求愛行動を起こす生物など存在しないのだヨ」

「そうでしょうか?」

「嗚呼そういえば稀に、雌の奪い合いに負けた雄が同性に擬似的な生殖行為を行う場合があったネ。しかしまぁ、下等な生物が行う愚かしい行為だヨ」

「アタシがソレと同じだと?」

「愚問だろう」

「同性に惹かれる事は、そんなにおかしな事でしょうか。
それにねぇマユリさん。アタシ達はその下等な生物より格段に高い知能と感情を持ち合わせた生き物なんスよ?好きになる事とセックスが、生殖行為だけの目的にあるなんて…貴方意外とお堅いんスね」



アタシのその言葉に、マユリさんは眉間にググりと深い皺を寄せた。

アタシと彼のこんな押し問答の様な会話は既に一刻以上も続いていたのだから、マユリさんも大概飽きてきたのだろう。

何時もならばアタシのこんな欲を張り付けた話になど下世話な事だと一喝され、マユリさんは反応の欠片さえ示してはくれない
しかし今日は少し機嫌が良いのだろうか、拒絶する態度を見せながらもそれなりの会話は成り立っている。

ころころと気分の変わる彼の心を読み取りながら、少しずつ彼との距離を縮めていくには今が良い機会であるとアタシは感じた。





マユリさんの傍らに歩み寄り侮蔑の感情に満ちる彼の瞳に己の躯の熱を上げながら、それでも愛を囁くのはアタシの何時もの自己満足

そんなアタシの姿を蔑むように眺めながらも、しかしマユリさんは自身も気付かぬ程度に、心の奥底ではこのやり取りを楽しんでいる

彼の瞳の奥に灯る少しの好奇心

アタシはそれを知っているから、無理矢理にその躯を求めたりはしない。

強引に奪おうとすれば逃げる彼の躯と心
だからただ少しづつ着実に、彼の興味を引き付ける必要性があった。

それは最初が蔑みでも侮蔑の対象としてでも構わない

大切なのはただ一つ、マユリさんの心にアタシという興味の種を植え付ける事。





「求愛行動とはつまり、種の保存が最終目的なのだヨ。
同性や異種にいくら種を撒き付けたところで何も生まれはしない…
だから自然界には同性に無意味な求愛行動を起こす馬鹿な生物はいない。勿論、求める側もね…。
それが生物に備わった本能だヨ、子供でも知っているだろうに」

「マユリさんの口から種とか本能だとかそんな言葉を聞くと、何だか妙にエロいッスね」

「貴様、まともな話も通じなくなったようだネ?」



話にならないと、すっと視線を逸らして再び机上の資料に目を向け始めたマユリさん
きっとアタシとのこんな馬鹿げたやり取りに苛立ちを覚えているのだろう、資料の紙端をパラパラと捲るその指先が世話しなく動めいていた。





マユリさんには人に対して好意を持つという感情以前に、きっと他人に対する興味が元来極めて薄い…又は、存在しないのかもしれない。

研究対象やそれに随伴する出来事には異常なまでの興味と執着を見せるくせに、本来生きていく上で必要な人との交わりには全くの無頓着・無関心。



だからこうしてしつこく付き纏うアタシの存在が理解できず、疎ましくて仕方がない

しかし反面、理解できないアタシの存在が気になって仕方がないのだ

理解できないモノを放置したままではいられない彼の性を利用しない手はなく、だから少しずつ彼の頭にアタシに対する『不可解さ』と『謎』を植え込む手段を取った

それはとても遠回りで、非効率的な戦略

だけれど、クロツチマユリと言う不可思議かつ魅惑的な生物を引き付ける為にこれが最善の策であると、アタシはそう感じたのだ。





少し俯いた角度から良く見える、マユリさんの綺麗に撫で付けられ艶やかな蒼髪を眺める

疎まれて避けられて、それでも彼をこの手に入れたいと思う己の歪んだ強い劣情がおかしくて堪らない

勝算の確率が極めて低いこの恋の行き先を思えば、ただ溜息しか出ない筈なのに
アタシのショートしかけた頭の回路は、何時も僅かな勝利を確信して動いている。





「マユリさん…ねぇ、現世に住むブルーモルフォってご存知ですか?」

「……」



至極穏やかに語りかける。

資料を読むフリなんかして、本当はアタシの次の出方を見定めている
彼の意識と注意はこちらに向いているのに、そんな気配を隠しもしないで興味の無いフリをするなんて、何て可愛い不器用さだろう

マユリさんの髪を見つめながら、アタシは一人ほくそ笑んだ。





「ブルー・モルフォですよ、ご存知ないっスかね?」



もう一度同じ質問を繰り返すとマユリさんは緩慢な動きで机の上で腕を組み、アタシをゆっくり見上げるように瞳を動かした。



「何が言いたいんだネ…」


「聞いてみただけですよ」


「知っているヨ」



大好きなマユリさんの眼が訝しげに細められる。
その硝子玉の様な濁りの無い瞳に自分が映し出されていると思えば、それだけでアタシの躯の芯は何度となく疼き出し熱を発した。



「先日現世の動植物資料で見掛けたんスよ。光を反射して色を変える大きな青の羽…、稀少種ですよ?地獄蝶とはまた違う美しい生物でしょう」

「所詮は昆虫の一種だがネ」

「まぁ、そんなんスけどね。でも一度で良いからこの手で捕まえてみたいんですよね」

「その蝶は尸魂界には存在しない。到底無理な話だと思うが」

「そうでしょうか?」

「そもそもそんな、被検体にもならないような虫に興味は持てないヨ」

「アタシは興味津々スよ?」





まるで誰かと似ちゃいませんかと

瞳を合わせてわざと甘く囁けば、彼の金色の瞳が少しばかり見開かれ
少し間を置いてから溜め息混じりに、何とも扇情的な笑みを向けられた。



「酔狂な男だヨ、貴様は」

「そうでしょうか?」

「今日は少々質問が多いようだネ」

「マユリさんが珍しく沢山お話しして下さるから嬉しくて、つい」

「貴様が勝手に話しかけるからだろう?」



そう言って口角を上げるマユリさんの表情は意地悪く、何かを語りそうでいて何時もその本質を見せてはくれない。

アタシの事を本当はどう思っているのかなんて、聞いてしまえば案外簡単に答えは返ってくるのかもしれないのに
きっと互いにおかしなプライドが邪魔をしている。





「本当に、この手で捕まえたいんですよ」

「野生の生物はどれも、そう簡単には捕まらないものだヨ。その蝶とやらに掛ける時間が惜しいとは思わないのかネ?」

「だから良いんじゃないっスか?
手が届かないモノ程、手に入れた時の喜びは肥大する。
その気持ち、マユリさんならお分かりになる筈でしょう…?」

「どうかね。少なくともワタシはその蝶と貴様に、興味は無いのだヨ」

「本当、なかなか折れてくれない人っスねぇ」

「何の話か分からないヨ」





挑発的な瞳を見つめながら彼の元に指を伸ばす

避けられる事は無い

そっと触れた蒼髪はきっちりと固められていたけれど、スルスルと撫で下ろす指先の感覚は少し冷たくとても滑らかなものだった。





「本当に綺麗で欲しいんですよ」

「そんなに興味があるならば、せいぜい頑張り給えヨ。標本にして技局の壁にでも飾ればいい」

「標本?褪せない美しさを保つにはそれが一番スけど、やっぱり生きたまま愛でたいもんスよねぇ…頑張れば何時か、手に入りますかね」

「どうかネ。さて、これ以上貴様の勝手に興味は無い。そろそろ出て行き給え、仕事の邪魔だヨ」

「つれない所も魅力的だ」





アタシ達は今日も、こうして腹の探り合いを愉しむばかり



美しく優雅に空を漂う蝶のように、滑らかな蒼い糸はアタシの指からすり抜けていった








終。
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