主文
□失われる感情
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護廷十三隊・十二番隊隊長、浦原喜助。
彼が流魂街での変死事件の首謀者として捕らえられ、罪人として刑の執行直前に忽然と姿を消してから、既に半年の時が過ぎていた。
*
「涅隊長、先日の魂魄実験の件なんですが…」
資料を片手に隊長室に入った阿近は、隊長席に座り何やら物思いにふける様子のマユリを認め、その言葉を中断させた。
元隊長だった浦原の、突然の事件と失踪。
更に副隊長だったひよ里も、虚化実験の犠牲となり他の隊士共に姿を消した。
そして程なく、第三席の地位にあったマユリが十二番隊の隊長・及びこの技術開発局の局長となったのが五ヶ月前。
目まぐるしく過ぎる日々。
事件当初、瀞霊廷もとより局内ではあの浦原がそのような凄惨な事件を起こす筈はないと。
そんな話題と情報が錯綜していた。
しかしそんな話題も三月程経てば、日常の渦に徐々に消えていった。
所詮他人事だったのかと、まだ若い阿近は周囲を責めてみたものの、人は常々自己中心的な生き物だ。
やはり仕方のないことだとも、認識するようになっていった。
事実、浦原とひよ里が居なくなったからといって、隊や技術局の動きが停滞した訳でもなく新隊長のマユリの元、つつがなく業務は遂行されていった。
「涅隊長。実験のまとめ置いておきますから、後で目を通しておいて下さい…」
隊長席に近付きマユリの机に資料を置く。
「隊長…―?」
まだボウッと一点を見つめる様子の彼を見遣り、阿近は小さな溜息をついた。
“あの事件で一番に動揺したのは、涅隊長なのかもしれない…”
阿近はそう感じていた。
浦原が失踪した後、マユリは隊長と局長任務を淡々とこなした。
そんな事件があったことも浦原という存在が居なくなったことも、全てが無かったかのように。
常日頃、ただでさえ感情表現の乏しかった彼。
だからこそ他の局員には事件が起こった後、彼に起きた変化など見えてはいないのだろう。
しかし阿近は、時々見せる虚をさ迷うようなマユリの瞳・緩慢な動作など、彼の些細な動揺と変化に気付いていた。
毎日淡々と無表情に業務をこなし、時を過ごす。
否、そう見せているだけなのだ。
阿近はずっとマユリを見つめてきた。
だからこそ解る、彼の失意と哀しみ。
「隊長、浦原さんはきっと大丈夫ですよ…」
放心したような彼に掛ける言葉はいつも陳腐なものでしかなく、それでも言わずにはいれなかった。
「嗚呼、阿近…。来ていたんだネ。少し考え事をしていて気付かなかったヨ…」
マユリの硬質な金の瞳が、目前で立ち尽くす阿近を映した。
「業務中だというのに、いかんね私は。この部屋にいると何故か、集中力を欠いてしまうヨ」
言いながら、マユリは椅子の手摺りを何度か撫でる。
それはつい最近まで浦原が仕様していたモノ。
もちろんその他全ての備品は浦原が隊長だった頃のまま、この部屋に存在したままだった。
「可笑しいとは思わんかネ、阿近?」
「…?」
不意に、マユリは阿近を見つめたままポツリと話し始める。
阿近にはマユリのその瞳がやはり酷く、鈍く虚ろなものに感じられた。
*