主文

□告白の法
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「そういや、マユリさん。そろそろ、お気持ち、決めて貰えました?」







突然、研究室に入り込み声を掛けてきた一人の男。



試験管で薬液を混ぜ合わせているその手を止め、マユリはチラリとそちらを眺めた。



「……またキミかネ、」



「アハハ、すみません。
お仕事中に〜」





すみませんと言う割に、いつもと変わらぬのんびりとしたその態度。

マユリは苛つく気持ちを抑え、男が先程自分に問うてきた言葉を思い出した。


男は確か、『気持ち』
がどうとか言っていた。

しかしマユリには全く、言われた意味が分からなかった。





「…何の事だネ、浦原?」


だから、目前で苛つく笑顔をこちらに向け続ける自分の上官、浦原喜助に素直に聞いてみたのだ。





知らないものは知らない、知らない事は知りたい。


マユリの脳は複雑でいて、時に子供のように純粋だった。




「あれッ?もしかして覚えてないんスか。
この前の呑みの席で、約束したじゃないッスか!」

「……」



浦原のキッパリとした言葉に、マユリは記憶を思い返してみた。



確か、一週間程前。
隊舎に帰ろうしたマユリは浦原に呼び止められ、そのまま酒に誘われた。

今までも副局長として技局に迎え入れられてから、何度かそのような誘いを受けたものの、マユリはいつもその誘いを断っていた。



基本的に、マユリは人との関わりに興味がない。

マユリが牢から出たのは、純粋にまた実験・研究をしたいからであって、決して他人と馴れ合う為ではなかったからだ。



しかしその日は何故か、浦原の誘いに乗ってマユリは酒を呑みに行った。

何故かと問われれば、たまたま気が向いた。
としか言いようがない理由で。



そして二人で呑む場は予想外に穏やかなものであり、マユリは浦原に促されるまま酒を呑んだ。



呑まされ呑んで、そしてその後の記憶がマユリには…



ない。





「マユリさぁ〜ん、聞いてらっしゃいます…?」



試験管を持ったまま動かなくなったマユリに、困ったような表情を向ける浦原。





「すまないが浦原、その約束とやら。
全く覚えていないのだがネ…」



「へっ…?」


浦原の安穏とした表情が、マユリの言葉によりみるみる落胆の色に変化していった。



「覚えていないものは仕方がないヨ。
浦原お前。その答えとやらを聞く為にわざわざここ数日、毎日私の元に出向いていたのかネ…?」



「…はぁ…、まぁ」

しょんぼりと頭を垂れ、浦原は答えた。





そこまで浦原が落ち込むような約束を、果たして本当に忘れてしまったのか?

記憶を失う程酒に酔ったという事実が、マユリにとってよりショックであった。




「あの日は少し呑み過ぎたようだヨ。
そんな重要な約束なら、あんな場でなく今のような、精神が正常な時にとりつける方が懸命だったと思うがネ…」





「…確かに、そうッスね」


静かにマユリの言葉を聞いていた浦原が突然、垂れていた頭を上げた。



「確かにあんな大事なこと、酒の力を借りなきゃ言えなかったアタシは駄目な男っス!」



「浦原…、おい?」



マユリは浦原のやや興奮した声に嫌な予感を感じた。







「マユリさん、あ…アタシとお付き合い、して頂けないでしょうか!?」





浦原のやや低めの声が、大きくラボに響き渡る。





それまで同じラボにいた局員も、浦原の直球な告白に初めて驚愕の眼差しを二人に向けた。





「なっ!浦原、キサマいきなり何を?
お前達!いいから研究に、集中し給えヨッ!!」





マユリは更に怒ったように局員達を睨み据え、それを恐れた局員達は次々と部屋から出て行ってしまった。






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