主文

□雨音
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珍しく、尸魂界に雨が降る




隊舎の縁側に腰掛けながら、喜助は降り止まない霧のような雨粒を見つめていた。




日中であるにも関わらず、喜助の耳には静かな雨音しか届かない。



雨というものは、何故にこんなにも静寂を呼び込むのだろうかと。



不思議と心地好く感じるこの空気に、彼は暫く身を置いていたのだった。










「うらはら」





不意に

背後から見知った声と気配を感じた。
喜助が振り返ると、少し遠くの廊下の隅にスラリとした人影を見つけた。



雨曇りの影で、その人物の顔はハッキリと目に映らないのだが。

しかしその特徴的な声と纏う空気は、喜助に相手が誰であるのかを容易に伝えた。





「マユリさん…?どうなさったんスか」





穏やかな声でそう呟いて、その場で立ち上がろうとした喜助に『そのままで』
と、そう制したマユリの声。

だから喜助は、縁側に腰を降ろしたままマユリの姿を目で追った。





ゆっくりと近付くマユリの足音と、ギシギシと湿気で軋む廊下の音。





なんとも心地の良いその響きに、喜助はそっと目を閉じた。



近寄るマユリの気配がピタリと止まると、喜助はゆっくりと両の瞼を持ち上げる。
マユリの姿は、喜助のすぐ後ろにあった。



少しの距離を保つと、マユリは静かに喜助の後ろで腰を降ろし胡座をかいた。





「はは、びっくりしちゃいましたよ。
貴方が自分から、アタシに逢いに来て下さるなんて」



そう言って、喜助はゆるりと笑う。





「別に、わざわざ逢いに来た訳じゃあない。
今日は休みだからネ…、暇なんだヨ」





「残念…。アタシはまた、貴方が寂しくなって来てくれたものかと」





「相変わらず、ふざけたヤツだネ…」





マユリの言葉に喜助はフフと微笑んで、そしてゆっくりと己の上半身を後ろに倒していった。





「ッ…おいっ!?」




目前にあった男の頭が、突然自分の脚の間に乗ってきたもので、マユリは驚いて声を上げた。





「おい、浦原っ!キサマ妙な真似をっ…」





そう言って喜助の頭を引き戻そうと、マユリは男の頭を掴もうと手を伸ばす。



しかしガシガシと髪を掴まれ揺さぶられながらも、決して体制を崩さない喜助。


マユリが見下ろすその顔は。ボサボサに乱れた髪にへらへらと締まりのない、いつもの男のそれ。







「 マユリさん 」





「なッ…、に…?」





自分の髪を掴むマユリの細い手首を掴み取り。
喜助はそこに、触れるだけのキスをした。





「キサマ…ッ!!」



驚いて、ビクリと身体を震わせ目を見開くマユリに、喜助は優しい笑みを向けた。








「マユリさん。雨っていうのも、たまには良いもんっスね。
とても気持ちが穏やかに、素直になれる気がするんです。
貴方もそう、思いませんか…?」



「………」



掴まれた両の手首からじわじわと、喜助の熱い体温が冷えた身体を暖めてゆくようで。
少しむず痒いその感覚に、マユリは何も言えなかった。





「貴方の手はいつも、冷たいっスね?」



「ふッん…、浦原。
キサマがただいつも、のぼせているだけだヨ」





「フフッ。確かに…」





そう言ってマユリの腕に頬を寄せ、喜助はそのまま再び目を閉じた。





「まだ昼だというのに、全く呑気なヤツだネ…」








静寂の雨







困ったように細められたマユリの金の瞳が、雨の降り続く曇天を見上げ。





離された指がそっと、喜助の柔らかな髪を撫でた。







終。
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