主文
□重なり合う呼吸
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いつからだろう
ワタシの床寝の横から一つ、新しい寝息が聴こえるようになったのは。
それはそう昔からではなかった筈。
静かに、規則正しく繰り返される男の呼吸
それは先程までの軽薄さと熱と荒々しさがまるで夢であったかの様に、穏やかだった。
この男と出逢い
自分が他人とこんな風に、床寝の場所を同じくする日がこようとは。
全く以って、予測不可能な現象は突然に起こりうるものなのだと痛感した。
「……きすけ…」
ワタシよりいつも先に寝入ってしまう、平和そうな男の横顔にそう呟きかける。
それは闇夜の静寂にさえ溶け入りそうな程
そんなことで男がその意識を戻すことなどないよう、小さな小さな呟きで。
ワタシにはとても大きく頑ななプライドがある
だからこんな時にしか、ワタシはこうして男の名を呟き呼ぶことが出来なかった。
他人が紡ぎ出す呼吸音と、僅かな衣擦れの音。
それすら慣れず随分と苛立っていた、少し昔のワタシ。
けれど毎夜繰り返される睦言のようなその音は
既にワタシの耳から脳へと溶け入ってしまった。
今では男が紡ぐその音が、ワタシを深い眠りへと導くのだ。
そうして重なる二人の呼吸
終。