主文

□甘い匂いに脳が痺れる
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まるでふわふわとして足が地に着かぬような、どこかこそばゆく甘ったるい空気が苦手だと。
マユリは常々そう思っていた。





背後から腰・更に腹の前で絡まる様に組み合わされた己のものとは違う逞しい腕。
背中には、自分のそれとは異なる少し高めの体温を感じた。





いつまでも振りほどけないその腕を忌ま忌ましく思いながらも。

マユリは小さな溜息をついて、うっそうと茂った隊舎裏の木々をボンヤリと眺め続けた。

















虚の解剖途中。

思いの外それに時間を割く羽目になってしまったマユリは疲労を覚え、珍しく解剖室を抜け出した。

気晴らしに新鮮な空気を肺に送ろうかと考え隊舎裏の廊下に出たところ、突然背後から何者かに腕を掴まれ躯を捕らえられた。



驚いて男の拘束から離れようと暴れたマユリだが、自分より体格の良い男らしき者の所作は存外に素早いもので。
自分のすぐ後ろにピタリと張り付き腕を拘束されてはその顔すら確かめることも出来ず。
マユリの力では、どうにもそこから逃れる事は困難だった。





男は黙ってマユリの躯を拘束し抱き寄せたまま、隊舎裏の廊下の端に腰を降ろさせる。

それと同時に背後で座り込む男の霊圧を探ると、それはマユリの良く知る人物のものであり、瞬間躯の力が抜けた。










「…で。何がしたいのだネ、浦原喜助?」



「あれ、気付いちゃってましたか?」



マユリの問い掛けに、安穏とした調子の良い男の声が返ってくる。



「気付くもなにも、こんな所で餓鬼の様な悪戯をワタシに仕掛けてくるのはキサマくらいだヨ…浦原?」



「ハハッ、確かに。
でもちょっとはびっくりなさったでショ?」



背後から聴こえる聞き慣れた喜助の低い声に、マユリは呆れたように溜息をついた。





「今、解剖中なのは知っているだろう?
ワタシは忙しいんだ、離し給エ」



「アタシをのけ者にして、阿近くんとは楽しくお仕事ですか?
酷いっスよマユリさん…」


喜助の拗ねた様な声が、マユリの耳を掠めた。



「馬鹿な事を。大体キサマは隊長職の職務が溜まっているのだろう。
こんな所で暇な遊びをする暇など、無いのではないのかネ…?」





「マユリさんに、逢いたくなったんスよ」



一言そう言って、喜助はマユリの首筋に密かに唇を寄せた。



「仕事は仕事だヨ。節操の無い奴は、ワタシは嫌いなんだがネ…」



「今だけ。ちょっとだけこうさせて下さい」



そう言って、喜助は背後からマユリを抱きしめた。



「……」





時々、浦原喜助という男はマユリの予想外の行動を起こす。
いつもはヘラヘラとからかいながらのスキンシップを仕掛けてくる癖に。

時々こうして、時間も場所も関係なしに甘える様な動作を見せる。

この男は情緒不安でも持ち合わせているのだろうかと、当初マユリはそう思った程だ。
しかし喜助と付き合う中で、そんな繊細な心を持ち合わせる男とは到底思えなかった。



マユリは仕方なく、喜助のされるがまま暫く縁側の端に腰掛けたまま深く息を吸い込んだ。

元々ここには新鮮な空気を肺交換させる為にやって来たのだから、その間だけでも喜助の我が儘に付き合ってやろうと。
マユリはそう考えたのだ。







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