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□笑って欲しいだけ
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僕がソレに気付いたのは

いつもの如く珍しくもない被検体の解剖補助を終え、緑や赤茶けた血液や肉片やらがこびりついた予防衣を副局長から受け取った時のことだった。

脱いだ予防衣を僕に渡そうとしたとき、副局長の死覇装の袖がめくり上がり彼の白くて長い腕が一瞬あらわになった。

それはいつもならば特別気にするようなことでも無い一連の動作だった筈だ。
しかし僕は、瞬間彼の腕に妙な違和感を感じた。

彼の両前腕の皮膚の内側に点在した、幾つもの出血跡

それは本当に一瞬の出来事だったのだが。
その赤黒く圧迫された後の様な鬱血の跡は、余りにも鮮明に僕の目に映っていた。

そして僕が不思議げに副局長の顔を見上げると、彼もまた同時に僕の方を少し強張った表情で見下ろしていた。

彼は自らの肉体さえ実験の対象にしている様子だったから、これもきっとソレに伴う外傷なのだろうと。
僕はそう思って、軽く問い掛けたつもりだったのに…
どうやら今回は触れてはいけない事であったのだと。少しの間、戸惑いに揺れた彼の琥珀の瞳を見つめた後にそう感じた。

それから僕は先程解体したばかりの、既に原型を留めてはいない被検体の肉塊にそっと目を移し無言のまま後処理を開始し。
副局長はそんな僕の姿を少し離れた場所から、やはり無言のままじっと見つめていたように思う。



それからの僕は副局長を見る度に、その時の残像が脳裏から呼び起こされて離れなくなってしまった。

彼の細く筋張った白い腕に存在した、対称的とも言える程にどす黒く変色した皮膚はとても痛々しく。
同時に僕の胸に生じたゾワリとしたおかしな高揚感。

ソレを見つけてしまった時の僕を見つめた、彼の戸惑いに揺れる表情。
見られてはいけないものを見られてしまったという、彼が初めて見せた背徳的な眼差しが僕をとても興奮させたのだった。



彼は何かを隠している

僕はその何かを知りたくなった。



それから僕は技局の仕事が終わった後も、彼の姿を出来る限り目で追うようになっていった。

微々たる霊圧すら隠すことの出来ない僕の視線になどにはきっと、彼は最初から気付いていたに違いない。
しかし何時までもそれに気付かない振りを続けているようでもあった。



『何が知りたいのかネ』



一度だけ、突然に副局長が僕にそう尋ねてきたことがあった。
彼のその表情は酷く神経質に苛立ち、そして不安げだった。
まるで彼らしくはない様子に僕は少し驚いた。

だけれど彼の口から直接何も語られないのならば、自ら聞くべきことはないと。
そう感じた僕は、彼の質問には何も応えはしなかった








同じように繰り返される日々の中、僕は密かに副局長への観察を続けた。

彼がこの子供じみた遊びの様な監視行為に気付いている事実などは、僕にとってもはやどうでも良く。

それよりも。
彼の躯のあちらこちらに散々してゆく出血跡が、これみよがしに日々広範囲に増えていく様が堪らない興奮と疑問を僕に与えていった



アナタの躯に増えゆく跡

それはアナタが何かを伝えたくて、自ら付けたモノなのですか?

それとも誰かが何かを伝えたくて、アナタに付けた印なのでしょうか



アナタを親の様に慕い続けてきた僕に知られたくない秘密がきっと、アナタには沢山あるのでしょう。

しかしアナタがそれを隠そうとすればする程に。
アナタの心にそんなにも
『ボク』という存在意義が在るという事実に、僕は大きな優越感と安心感を得たのです。

そしてアナタの秘密を知りたいと、願いは肥大するばかり。








しかし遂に僕は、アナタが必死に隠そうとしていた筈の秘密を知ってしまいました。

それはアナタと浦原隊長との密事

ごめんなさい、クロツチ副局長。
僕はアナタと隊長が深夜の研究室で、互いの躯をとてもいやらしく交わらせていた姿を見つけてしまったのです。



アナタは浦原隊長に、その細い躯をまるで使い慣れてしまった道具のように荒々しく扱われていましたね。

いつも優しい隊長はアナタを溶けそうな程に更に優しく見つめながら、何度もその手で殴り付けていた。

そしてアナタは少しの抵抗を見せるのだけれど。
浦原隊長に何かを囁かれると恍惚とした眼差しを彼に向け、抵抗を無くしたその身を投げ出した。



僕の瞳に映るのは、全く以って暴力としか言い表しようの無い二人の情交



しかし何故でしょう



その躯は痛々しい程の出血と打撲の跡を残しながらも、アナタのその表情は今まで見たこともない程に淫猥でとても悦に入った顔をしていた。



そんなアナタの恐ろしく卑猥な姿から目が離せなかった僕は、その薄く開いたドア越しの隙間からじっと息を潜めてその光景を眺めていた。



アナタの躯に打ち込まれる暴力と卑猥な粘膜音

痛みに歪んだアナタの顔と
どこまでも優しく暗澹とした隊長の眼差し

苦痛に呻く声に入り交じる
アナタの快楽に震える吐息

そして隊長の名を呼び歓喜し果てる、アナタ。



まるで違う生き物を見ているようだった。





そしてくたりと項垂れてしまったアナタの前髪を、浦原隊長は背後から強く掴むと不自然な形で顔を上にと向かせた。

意図的に合わされたアナタと僕の視線

アナタは瞬間大きく目を見開いた後、一瞬でその快楽に塗れた表情を全て削ぎ落としてしまった。



ああ何て、勿体ない



アナタの秘密を僕が知ってしまうように、そう仕向けた浦原隊長。

その時僕は、隊長に感謝すらした
だって今まで感じた事の無い程の愛おしさを、アタナに感じたのだから。



こんなにも酷く痛め付けられてこそ、そこからの自由と束縛の歓喜に奮えるアタナの歪んだ心と躯。

こんなにも嬉しそうな素顔を露呈するアナタを、共に共有する事ができた僕はとても幸福だと言うのに

何故アナタはそんなにも絶望的な瞳で僕を見つめたのですか?





ふと見上げると絶望に俯くアナタとは対称的に、優しく微笑む浦原隊長の瞳が僕を捉えていた。



『キミもそう思うだろう』

浦原隊長のそんな声が聞こえたような気がした。





僕は副局長が心から笑ってくれるならば、どんな倒錯的な行為を目にしても他言などしはしない。

僕に見られてしまう事で、彼が素顔を覆ってしまうならば。
僕はもう二度とコレに触れないままに、元通りの暮らしに戻れば良い事なのだ。




彼の本質を理解できるのは今は浦原隊長だけなのかもしれない。



アナタが幸福ならば、それが僕の幸福





終。
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