リクエスト・企画作品置場

□朱の首輪(*)
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金属でも樹脂でもない不思議な素材で出来た円形の輪を、マユリの目前でプラプラと揺らす喜助。
男はその顔に、このうえなく満足げな笑みを浮かべていた。

マユリは訝しげに眼を細めると、喜助に促されそれを一度自分の手に受け取る。

少しひんやりとしたそれは、地味な中にも落ち着いた輝きを備えた円形の朱色の首輪だった。
少し触れてみると、なめし革の様な不思議な手触りと少しの柔軟性を感じる。
一部に小さな留め金が付いており、どうやら付属の部品で装着させる必要性があるようだった。

付けるは容易いが、外すことは難しい。
そんな作りの様子であった。



「…で?ワタシに何か愛玩動物でも飼えと、そう言うことなのかネ…」



受け取った首輪を暫くまじまじと眺めた後で呆れた様に溜め息を付くと、マユリは再びその首輪から喜助に視線を送った。



「ワタシがそんな馬鹿馬鹿しいことに興味があるとでも…?
全くお前の考えることは時々突拍子が無くて、ワタシにも理解ができないヨ…」


フンと鼻を鳴らし、受け取った首輪を喜助に投げ返すマユリ。
つまらぬ物を見てしまったと喜助には毒付いてみたが、内心はこれで少し冷静さを取り戻すことが出来た己の躯と理性にほっと胸を撫で下ろしていた。

そんなマユリの様子を見た喜助は、ヘラリと困った笑みを浮かべると再びその首輪をマユリの眼前に突き出してきた。



「なッ…何だネ、浦原。
ワタシは愛玩動物など飼うつもりは…」

「マユリさん、これは貴方の為に用意したんスけど?」

「は… ?」



会話が噛み合わない。

喜助の言う意図が掴めぬまま、マユリは暫し様々な角度に思考を巡らせてみた。


「あの…マユリさん」



眉間に皺を寄せ考え込むマユリに、喜助がやや照れた様におずおずと話しを切り出し始めた。



「これはボクからマユリさんへの、愛の証っス。
貴方にきっと似合うだろうと思って…
マユリさんの皮膚と筋肉の動きに合わせて形状も変化するように、特別な素材を配合して作ったんスよ?」

「なに…?」



嬉しげに話しを進める喜助の姿に、マユリは困惑した。
正確に言えば、想像を超えた喜助の不可思議な思考回路をまた新たに垣間見てしまったようで。
先程までの甘い密時で激しく昇ぶっていた筈の気持ちも、完全に萎えてしまった。

浦原という男は時に、マユリの思考を超える程に奇異な言動を突然に起こすことがある。

今では男のその気質にもだいぶ慣れてきたマユリだっだが、今回はまた更に意味不明な物と言葉を突き付けられてしまった。

自分の事を狂人・奇人などと罵る輩に、本当はこの男にこそその言葉が似合いなのだと教えてやりたい。

恋仲の相手に首輪などを与えられて喜ぶ変態が何処にいよう。

否、例えいたとしても。
喜助が自分をその稀少な嗜好を持つ人種の範疇に含めているならば、マユリにとってそれは只の屈辱だった。



「浦原、お前は何か勘違いしているんじゃないのかネ?」

「勘違いって、なんスか?」

「だからッ!ワタシが検体や家畜に付けるようなそんな下劣な物を与えられて、喜ぶ変態だと思っているのかと聞いているのだヨッ、エ!?」



マユリの興奮した口調にきょとんとした目を向ける喜助。
しかし暫くすると、ああ成る程と一人納得したように頷いて見せた。



「違いますよマユリさん。これは首輪の様に見えますけれど、ボクから貴方への愛の証…。
言い方は何ですけど、所有印みたいな物なんス」

「…所有印だ、と…?」



それはそれで変態じみた話しだと感じるのだが。
喜助の言葉の悪気無さに、マユリの怒りは疑問形へとその姿を変化させていく。



「そっスよ、マユリさん。
ボクは貴方と何時も一緒にいたいんです…、だけど現実はそうはいかない。
だから考えたんスよ!二人きりの時だけでも、マユリさんがボクのモノだって言う証が…、目に見える繋がりが欲しいって!」



素敵でしょ?と。そう興奮ぎみに語る喜助に対し、マユリの気持ちは既に完全に冷静さを取り戻していた。

言っている意味は分からなくはないが、その想いが何故このような首輪という拘束具に辿り着くのか。
やはりマユリには喜助の考えは理解できなかった。



「だから…ね、マユリさん…?これ受け取っちゃくれませんか」

「断るヨ…」

「エエッ!?そんなァ…」



大きく目を見開き驚愕する喜助を見遣り、やはりこいつは阿呆なのかもしれないと思いながら、マユリは本日何度目かの深い溜息をつくのだった。



一方喜助はと言うと、せっかくマユリの為に用意した首輪を無下に扱われ相当なショックを受けていた。

何を間違えたか、喜助の脳内では自分の贈り物を少し恥じらいながらも喜んで受け取るマユリの姿しか具現化されていなかった。

そしてそれを裸体に身につけた時の彼の美しく卑猥な姿を連日妄想し、乱れる彼を頭の中で何度も抱いていた。

喜助にとってこの首輪は、これからマユリを自らの大切な所有物として確認するべき重要なアイテムとなる筈であった。

そこにはマユリに対する喜助の常識を逸した執着と拘束の意が込められているのだが…

しかし喜助自身は、それを逸脱した恋慕などと認識してはいない。
愛しいモノに自分が定めた所有の証を身につけさせ、それを眺めて悦に入る。
その充足感と視覚的な刺激を感じながら、ただ愛しい恋人を可愛がりたいという、喜助にとってはとても純粋な願望だったのだ。

しかし現実とのギャップが大きすぎた。
マユリに夢と希望をバサリと切り捨てられ、喜助はただ項垂れた。



「おい、浦原…」

「 ……… 」

「オイッ!聞こえているだろう、浦原…?」



暫く言葉を発しない喜助に、マユリが苛立ったように声を掛けた。

喜助を見ると先程と打って変わり、悲しげにその瞳を伏せている。
時折その変わった長い前髪の隙間からチラリと自分を見つめるのだが、また直ぐに小さな溜め息と共に項垂れる行為を繰り返す。

これでは何か、自分が喜助に悪さをしてしまったような心地悪さを感じるばかりで。
マユリは苛立ちながらも仕方なく、喜助の手からその首輪を取り上げた。






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