ももいろ青春ロード

□〜入学式〜
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 〜入学式〜


桜が舞う青空の朝、慣れない通勤ラッシュの電車に乗って入学式に向かった。

吉村隼斗はめでたく第一志望の高校に受かり、晴れて高校生になった。隼斗が入学する日生高校は、理系分野に力を入れる私立の共学校で、東京の郊外にある。最寄り駅から徒歩で5分程度で、その道を歩くのは日生高校の生徒ばかり。今もパリパリピカピカの制服を着た人たちが歩いている。こいつらが同級生になるやつらか、そんなことを思いながら隼斗は校門をくぐった。

「おはようございます。お名前を教えてください」
「吉村隼斗です」
「えっと、F組ですね。3階の突き当たりが教室です」

受付のようなところには若めの先生たちが新入生の対応をしていた。講堂に案内されると予想していた隼斗は、いきなり教室に通されて驚いた。面倒に思いながら階段をのぼり、1−Fと書かれた教室に入った。半分ほどの生徒が席について静かに机の上に置かれたプリントなどを読んでいた。黒板に貼られた座席表を見ると、窓側の後ろから2番目が隼斗の席だった。

教室の中は学ランを着た男子生徒とセーラー服の女子生徒でどんどん席が埋まっていく。日生高校の制服は昔ながらの学ランとセーラー服なのだ。

隼斗にしてみれば見慣れたセーラー服である。なぜなら、隼斗には2つ年上の姉がいて、その姉も日生高校の生徒だからだ。
学校の校舎はというと、制服に似合わないきれいな鉄筋の校舎。数年前までは木造のぼろい校舎だったらしい。でも、これから入学式を行う講堂はまだ昔の木造のままだ。教室は真っ白な壁の、教室にしてはあまりにもきれいすぎるところだった。

入学式開始まであと20分のところで先生らしき男の人が教室に入って来た。机上の紙に担任の名前が書いてあったかもしれない。紙を見ようと視線を落としたが、文字を探す前に先生は自己紹介を始めた。

「私はこのクラス1年F組の担任の佐々木です。詳しいことは追い追い話しますね。まずは講堂に移動しましょう、入学の許可されなきゃだからね」

見た目は普通のおじさんという感じで、言葉が少しなまっていたようだ。先生は生徒たちを慣れたように講堂まで誘導していった。立ち上がる時に隼斗は気が付いた、前の席に座っていたのは女子で、後ろの席に座っていたのも女子だった。この席順は出席番号順だから、前後が女子となると少し肩身が狭い気がした。

講堂に移動して椅子に座ると、隼斗の両側がその女子だったのは言うまでもない。ただでさえ学ランの上着をボタン全部留めていて窮屈なのに、余計窮屈に感じられた。

「新入生の皆さんの名前を読み上げます。呼ばれたら返事をして、立ってください」

ぼーっとしているうちに入学式が始まっていた。隼斗はぼんやりすることがたまにある。名前を呼ぶのはA組からで、F組は最後のクラスだった。それがわかるとぼーっと壇上を見つめて自分の番が来るのを待った。

ついにF組の順番が回ってきた。隼斗はなんとか眠ることなく待っていた。呼ばれる名字を聞きながら珍しい名字の人がいると感心していたらあっという間に感じられたのだ。

「吉村隼斗」
「はい」
「渡辺美穂」
「はい」

隼斗は呼ばれて返事をし、立ち上がってからふと隣の自分のあとに呼ばれた女子を見た。背が低く、髪を低い位置で2つに結わいた優しそうな人だった。名字が<吉村>の隼斗は出席番号が最後になることが普通なのだが、<渡辺>さんがいると最後ではなくなる。今年は最後にならなかったんだ、と思いながら小さな彼女を横目で見つめた。

「F組、以上36名。着席」

着席と言われて慌てて座ったため、ガタガタと椅子が音を立てた。気のせいかもしれないが、<渡辺さん>が小さく笑ったように思えて隼斗は肩をすぼめた。

「新入生212名の入学を許可します」

200人以上もいるのか、と考えている隼斗はそのあとの校長や来賓のお祝いの言葉をちっとも聞かずに、物思いにふけった。クラスにどんなやつがいるのか、趣味が合うやつはいるのか、考えているとすぐに入学式は終わってしまった。

教室に戻ると担任の佐々木先生がもう一度全員の名前を読み上げた。いかにも生徒を大切にしそうな先生だ。

「ということで、この教室にいる36人は入学が許可されました。進級するときにクラス替えがあるので、このメンバーなのは1年間だけです。でも、その1年の間には数えきれないほどの出来事が起こります。それを共にするのは1年F組のメンバーとなのです。ケンカしてる暇なんかありませんよ」

当たり前で、少し説教くさいことを先生は言っているが、クラスの全員は引き込まれるように聞いていた。この先生ならクラスがまとまりそう、と隼斗は思った。

「もっと話したいけど、今日はこれで下校になります。明日は始業式です。自己紹介は明日してもらうから、しゃべること考えてきてね」

堅い話のあとには笑顔を見せて場を和ませる。この巧みな話術にすっかりのまれた生徒たちは、思わず返事をしていた。

「じゃあ気をつけて帰るんだよ、お家の人に今日のことをしっかり話すことを忘れずにね」

これで入学式は終わった。隼斗は配布物を鞄にしまい、教室をあとにした。まだ友達という友達ができていないクラスメイトも同じくさっさと教室から出て行った。

校庭や校門のそばには保護者がたくさんいて、我が子が出てくるのを待っている。隼斗の親は来ていない。両親は姉と同じ高校だから面倒だと言って、普通に仕事に向かって行った。隼斗としてもそれでよいのだ。高校生になってまで親と一緒に家に帰るのは御免だからである。

そんな親子たちを横目に隼斗は駅に向かう。駅に着いても同じ制服を着た生徒たちが電車を待っていた。電車はすぐにホームに滑り込んできた。午前中の車内はガラガラに空いている。隼斗が下りる駅までは5駅で近いが、空いているから遠慮なく座ることにした。

「なあなあ、ブログ見たか?」
「あぁ、見たみた。今日入学式らしいな」

携帯を開いた隼斗のそばで他校の制服を着た男子2人がなにやら話を始めた。隼斗はそれが少し気になって話を聞いてみることにした。

「どんな制服なのかな。セーラーが似合うと思うな、俺は」
「俺も!あぁそうか、制服はブログに載せないよな。学校ばれちゃうし」
「そりゃな。でも、どんな子なんだろ…誰も本物に会ったことないらしいし」
「実は空想だったりして。あ、なら歌うのは誰だってなるか…」

隼斗は2人の話を聞いていて、誰のことを話しているのかはだいたいわかった。その人物に思い当たる節があるからである。携帯で文字を打ちながら知らん顔をしていた。

「ネットアイドルだからしょうがないんじゃない?いろいろと人前に出れない事情があるんだろ」
「まあな。でもなあ…会いたいな、ももたんに!」

隼斗の身体はその名前を聞いてびくりとはねた。それを人の口から聞くのは慣れていないからだ。さっさと文字を打ち、送信して携帯を閉じた。

『ももたん』とは、2人が話していたようにネットアイドルである。ハンドルネームは『ももみや☆』で、愛称が『ももたん』。活動は主に、動画サイトにアニメソングなどを歌って投稿したり、ブログをこまめに書いて近況を公開することをしている。若い世代の人気が高く、ネットでも超が付くほど有名な女の子なのだ。

だが、誰も本人に会ったことがないという噂がある。ブログにももたん自身の顔が写った写真を載せているにも関わらず、目撃情報がない。同じようにネット上で歌う人気歌い手たちの誘いも見事に断っているとのことだ。

「おっ、ももたんがブログ書いたぞ」
「まじか!なんだって?」
「入学式終わりましたって!いいなあ…ももたんと一緒の高校の人」
「わかんないよ、うちの高校かもしれないぞ?」

残念ながら違うよ、と心でつぶやく隼斗。彼らがさっき読んだブログは隼斗が書いたものだから。そして隼斗が『ももみや☆』だから。

隼斗は最寄り駅に着いたから、2人をちらっと流し見て電車を降りた。彼らが会いたがるももたんはすぐそばにいた男子高校生だとみじんにも思わないだろう。隼斗の家は駅から歩いて10分ほどで、なんとなく自転車は使わない。歩き始めて前方を見ると、日生高校のセーラー服を着た生徒が歩いていた。その姿に見覚えがある気がした隼斗は少し歩くスピードを速めた。だが、彼女はコンビニに入ってしまい、さすがにそこまで追いかけることは出来ず、そのまま家に向かった。

「ただいま」
「おかえりー。どうだった、入学式は?」
「べつに。てかお姉ちゃん、今起きたって感じでしょ?」
「そうだよ?春休み最後だし、寝れるだけ寝とかなきゃ」

パジャマで洗面所から顔を出したのは、隼斗の姉友里だった。

「お姉ちゃんのだらしないところはいつになったら直るのかな」
「直らないと思う!あ、昨日投稿したやつ、今日中に2万再生いくかもよ!」
「お姉ちゃんが何回再生したのか、オレは気になるけど?」

隼斗がネットアイドルになったきっかけは、まさにこの姉なのだ。自分の弟を女としてネット界に放り出し、人気になってからもサポートし続けている。もちろん人気が出るようにブログをこまめに更新することや歌って動画を投稿するように言ったり、機材を揃えたりしたのも姉である。

「ん?5回くらいかな。聴いてたら飽きちゃったから」
「5回も?!十分すぎるって…」
「今回のはかわいいからねぇ。こりゃ世の男子は何回も聴いちゃうと思うよ!」
「かわいく歌えって言ったの誰…」
「わたしだね!さ、ご飯食べよっと」

機嫌が良い姉を横目に2階の部屋に向かった。部屋は隼斗と友里が共有で使っている。部屋の真ん中に二段ベッドを置いて仕切っているのだが、ほとんど意味がない。手前が友里で奥が隼斗、ベッドの上段が隼斗で下段が友里、という風になっているがプライバシーは皆無に近い。これは姉弟の仲の良さをあらわしていると言えるだろう。

部屋に入って早速パソコンを開き、ブログを確認する。『ももみや☆ぶろぐ』を開くと画面がピンク色でいっぱいになった。先程書いた日記にはすでに300件くらいのコメントがされていた。

「俺も入学式でしたー高校生活がんばりましょう!おめでとう、俺も高校生に戻りたいな。制服はブレザーかな?…そっか、制服の話を書いてない」

コメントを読んでいて、やはり制服について触れるコメントがいくつもあった。やはり書くべきか悩み、リビングにいる姉に相談しに行くことにした。

「ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?お昼ご飯食べる?」
「あ、うん。じゃなくて、制服についてブログ書いたほうがいい?」
「うーん…セーラーですって書いとけば?なんかあったらわたしのがあるし」

やっぱりそうきたか、と思いながら部屋に戻ってブログを書くことにした。この作業も慣れたもので、もう少しで1年になる。最初はブログなんて何を書けばいいかわからなかったが、今あったことをそのまま書くだけでいいと思うと少し楽しくなった。

「ももの制服はセーラー服です、みんな気になってたみたいだから教えちゃうね…こんなんでいいかな」
「隼斗、ご飯食べるでしょ?」
「うん、あと1分で戻る」

姉のリビングからの大声に返事して、ブログを更新した。制服見せて、というコメントが来るだろうと考えながらリビングに降りて行った。

昼食後もブログをチェックしたり、次に歌う曲を考えたり、ネットアイドルの仕事をしていた。これを辞める日はいつ来るのか、そんなことは考えていない。ただ、高めに出した声が女の子に聞こえなくなるまでという期限があることを忘れてはいけないのだ。

高校生になったからといって気持ちに変化があったわけではない隼斗だが、これからの高校生活が如何に楽しいものになるかはまだ予想もしていなかった。掛け替えのない仲間との青春、その幕はもう開いている。





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