ももいろ青春ロード

□〜4月下旬〜
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「おはよー」
「ん、おはよ」

日生高校に通い慣れはじめた朝、まだ少し肌寒い。そんな中、隼斗と美穂は一緒に学校に行くのが習慣になりつつあった。隼斗が家を出て隣のマンションの前で美穂が待っているというスタイルだ。

「すごい眠そうだね」
「うん、昨日はちょっと」
「あれ?宿題あった?」
「いや…」

言えるはずがない。昨夜は姉と一緒に歌の練習をしていたのだから。録音するとかしないとかでもめたりもしていた。

「隼斗って授業中寝てるイメージしかないんだよね。いつも視界に入るから」
「そりゃあオレの後ろの席だからね」
「ちゃんと夜寝てるの?」
「まあ…」

夜寝たって授業中に寝るのはしょうがないことだ、と割り切っている隼斗にしてみれば、夜の睡眠時間について特に気にすることはないのだ。

「まぁって、寝てなさそうな返事。なにして睡眠時間つぶすわけ?」
「え?うーん…歌ったり、ブログ書いたりコメント読んだり」
「なにそれ、芸能人?」
「まさか」

隼斗が芸能人まがいのことをしているのは事実である。美穂は驚いているが、隼斗が冗談を言う性格ではないことをすでにわかっているから信じたようだ。

「教えてよ、ブログ読んであげる」
「ありえない、絶対。教えないから」
「コメントくれる人がいるんだから、くだらないことは書いてないんでしょ?いいじゃん」
「ダメだって。オレのトップシークレットだから」
「ほぉ…まさか周りに言えないようなこと書いてるの?」

美穂が目をキラキラさせながら問う。隼斗は困ったと思いながら、美穂の質問に答える覚悟をした。

「言えないからトップシークレットなんだよ」
「ということは、恋の悩みか?それとも身体か?」
「は?全然違うし、身体ってなに?」
「や、思春期だから」
「美穂なあ…オレのこと、そんな奴だと思ってるの?」
「思ってないけど。隼斗も男の子だから、可愛いのに」

可愛い?と隼斗が頭に疑問符を浮かべていると、美穂は笑いはじめた。

「なんで笑う?」
「隼斗が悪いんだよ?そんな可愛い顔して首傾げるから」
「してないよ」
「ほら、改札だよ」

むっと唇を尖らせると美穂が定期入れを隼斗の前でひらひらさせた。駅まではしゃべっているとあっという間だ。

電車は混んでいるため、行きの車内で話すことはほとんどない。隼斗は携帯を取り出してブログページを開いた。すると、つい30分前に書いた記事に100件ほどのコメントが入っていた。どれもおはよう、と書いてあるくらいで、毎朝欠かさずに書いてくれる人も多くて驚くばかりだ。

「なに見てるの?」
「トップシークレット」
「あぁ、ブログね。隼斗って人気ブロガー?」
「違うよ」

美穂が珍しく車内で話し掛けてきたかと思ったら、またブログの話になってしまった。もし、今携帯の画面を覗かれたら大変なことになる。なぜなら画面がかわいらしいピンク色に埋め尽くされているからだ。

「ブログか…そういうの書けないっていうか、なに書いていいかわかんない」
「オレも最初はそんなんだった。けど、今あったこととか気軽に書けばいいってわかった」
「ふーん。面白い?」
「まあ、読んでくれる人がいれば」

納得したように頷く美穂を見て隼斗は安心して携帯を閉じた。そのあとはいつものように駅に着くまで言葉は交わさなかった。電車が駅に到着し、混み合った車内から無理矢理降りて鞄を持ち直した。この満員電車のおかげで朝からくたびれてしまうのだ。

だが、学校に着くともっとくたびれることが待っている。教室のドアを開け、窓側の机に向かって歩いているとそれはやってくる。

「おはよーっ!」
「おはよう、まなみ」
「美穂ちゃん、だからあいみだってば!」
「まなみ、おはよ」
「隼斗まで…あいみなのに」

隼斗と美穂が教室に入ると飛んで来るのが愛美である。彼女の名前は自己紹介で言っていた通り、愛美の読み方がまなみではなくあいみなのだ。毎日このやり取りをしているがまだ諦めないで訂正する。

「おはよう吉村くん」
「あぁ、おはよ梅澤」
「っはは」
「どうした?」
「まなみもそろそろ諦めたらいいのにな」
「だよね。オレはまなみって呼ぶつもりだけど」

愛美に遅れて現れた誠司が隼斗に話しかけ、談笑していると頬を膨らませた愛美が割り込んできた。どうやらよっぽどまなみと呼ばれるのが嫌らしい。

「まなみじゃないの!あ・い・みだから!」
「わかってるって。まなみがあいみなことくらい」
「じゃあなんでまなみって呼ぶの?」

愛美が隼斗にずいっと迫って聞いた瞬間、佐々木先生が教室に入ってきた。隼斗にしてはそれがグッドタイミングで心の中でガッツポーズをした。愛美はがっかりした様子で誠司と席に戻った。

隼斗と美穂が席が前後だから仲良くなったように、愛美と誠司も席が前後だから仲良くなった。隼斗と美穂は家まで近いが、愛美と誠司は電車の方面が同じだから一緒に帰っている。隼斗と誠司は図書委員の接点があって仲良くなった。こうして寄せ集まった4人で仲良くなって今に至るのである。

「きりーつ、れーい」
「「おはようございます」」
「はい、おはようございます」
「ちゃくせーき」
「もうすぐGWで気分が浮かれてない?」

日直の号令で挨拶した後、佐々木先生はニコニコしながらGW(ゴールデンウイーク)という単語を口にした。隼斗はそれでGWという休みの塊を思い出した。用事がなければ家で歌うことにしようとすぐに予定を決めたのだが、佐々木先生はGWの話をしたいわけではなかったようだ。

「浮かれたらダメなのはわかるよね?でも、今日は浮かちゃうね。今日は午後に先生たちの大事な会議があるから午前でおしまいです」

クラスのみんなが「やったー」「早く帰れる」と嬉しそうに騒ぎ出した。聞いてないと思った隼斗は、少し振り向いて美穂に知っていたか聞いてみた。

「え?知らなかったの?」
「いつ言った、そんなこと?」
「昨日も言ってたし、プリントにも書いてあるよ」

ほら、とプリントを見せてきた美穂に隼斗は唇を尖らせてみせた。常にぼんやりしている隼斗には今日の午前授業がしっかり伝わっていなかったのだ。

「お姉ちゃんも教えてくれなかった」
「人のせいにしないの」
「そうだけど…」
「えー、だから終礼は4限が終わったらすぐにやるからね」

先生が再び話しはじめたから、隼斗は前に向き直り頬杖をついた。ちらっと見た外はよく晴れたきれいな空でいっぱいだった。こんな日は昼寝が一番、そんなことを思いながら隼斗は午前の授業をこなした。

終礼が終わると真っ先に隼斗と美穂の所に愛美がやってきた。その表情は期待に溢れ、きらきら輝いて見えた。

「ね!お腹空いたからお昼ご飯食べて帰ろうよ」
「いいねぇ、うちもお腹空いた」
「隼斗もお腹空いたでしょ?」
「まあ、そりゃね」
「じゃ決まり!ご飯ごはーん!」

どうして身の回りの女は強引な人ばかりなのか、と小さくため息をついた隼斗の肩にポンと手が乗った。顔を上げるとそれが誠司の手だとわかり、苦笑した。
「まずオレ午前授業って知らなかったから」
「吉村くんらしいな。昼飯はまなみの好きなものになるだろうけど、付き合ってやろう」
「好きなもの?」
「すぐにわかるって。さ、行くぞ」

美穂は愛美とすでに教室を出ようとしている所だった。のんびり屋の隼斗の腕を誠司が引っ張ってあとを追いかける形になった。廊下でも誠司は掴んでいる隼斗の腕を離さずにいて、しかもそれをまじまじと見はじめた。

「ちょ、離していいよ?」
「あ、悪い。吉村くんの腕、女の子みたいに細いと思ってつい」
「え、そう?」
「いや、女の子の腕とか握ったことないけどさ」

隼斗が誠司の発言に驚いたのは言うまでもない。いつかネットアイドルだとばれるのではないかと冷や汗をかきそうになった。誠司が『ももみや☆』を知っていたらばれる日も近いかもしれないと嫌なことばかりが頭を巡った。

外に出て愛美は一段と機嫌良く目的地に向かって歩きだした。学校の周辺で食べたらあまりいいことはなさそうだが、愛美は一直線に好きなものの店に向かっているようだ。その行き先は駅前の商店街のようで、数多い店の中でどこに行くのだろうと隼斗だけが考えていた。

「着いた着いたぁ」
「早く入ろー」
「ラーメン屋…?」
「そ、まなみはラーメン大好き、ラーメン女王だから」
「そうなんだ、知らなかった」

到着したのはチェーン店のラーメン屋だった。看板はよく見るものの利用したことがない隼斗にとっては半分未知の世界だ。店に入ると4人掛けのテーブルに通された。

「あたし醤油の大盛りで」
「うちも大盛りー」

隼斗がえ?と疑問符を浮かべていると、誠司が苦笑いしながらメニューを眺めた。そう、愛美と美穂はメニューも見ずに決めたのだ。誠司は普通の醤油ラーメンでいいと言うから、隼斗も同じものにした。注文を済ませラーメンが来るまで待つ間、愛美が口を開いた。

「で、隼斗。朝の続き!」
「続き?」
「なんでまなみって呼ぶかってこと!」
「あ、あぁそれね…」

今朝教室でしたやり取りのことだ。うまく逃げられたと隼斗は思ったのに、愛美はしっかり覚えていたらしい。切り出したものの、呼び方に特に意味もないからまずいなあ、と思いながら目の前の水が入ったコップを手に取った。だが、言葉の続きを言わない隼斗に視線が集まるのは当然で、水を飲むにも飲めずコップをテーブルに戻した。そんな沈黙を破ったのは笑い声だった。

「っはは!そんなに吉村くん責めたら可哀相だろ」
「…梅澤?」
「なに?誠司は黙ってて」
「いやいや、なんで吉村くんだけに聞くの?俺も呼んでるのにさ」
「そうだけど…」
「ね、吉村くん」
「なに?」

誠司が目配せしてくる。隼斗はそれが正直に言えと言ってるように見えて、こくりとうなずいた。みんなも理由があってまなみと呼んでいるわけではない、それを丸く伝えればいいと思い到った。

「…まなみはまなみだから」
「え?」
「まなみは、オレたちにとってはまなみなんだよ」
「意味わかんない」
「吉村くんは、嫌みとか全くなく愛称としてまなみって呼んでる、そう言いたいんだよ。だろ?」
「うん、そう」
「…意味わかんない、ほんと」

隼斗の言葉を的確に訳した誠司のおかげでわかってもらえたかと思いきや、愛美は膨れっ面でそっぽを向いた。隼斗が言い方を間違ったか考えていると、愛美は途切れ途切れに言葉を呟きはじめた。

「…なんで?…あたしは…あいみなの、なのに…まなみなんてよばれたら……」

3人は少しずつ紡がれる言葉に耳を傾け、何が言いたいかを理解しようとした。愛美が言いたいことを1番に汲み取ったのは意外にも隼斗だった。

「…いい思い出がない」
「え、吉村くん?」
「まなみと呼ばれて、からかわれていたとか…嫌な思い出しかない」
「な、んで…」
「ん?よくあることでしょ」

隼斗の方に振り向いた愛美の目には涙が浮かんでいた。今にも泣き出しそうな愛美に隼斗は優しく微笑んで見せた。

「オレたちの思い出に塗り替えようよ」
「そうだそうだ!俺たちの思い出!」
「梅澤、便乗しないでよ」
「いいだろ?吉村くんがいいこと言うから」
「…隼斗…誠司」
「いい友達持ったね」
「美穂ちゃん…うん、ほんとに」

美穂がティッシュを差し出しながらニコッと笑った。愛美はそれを受け取って涙を拭った。そう、過去にどんなことがあったかわからないが、それを払拭することを誓うかのように。

「お待たせしましたー醤油です。大盛り今お持ちします」
「ここは大盛りが先に来るべきだろ」
「ホント…オレたち付き添いみたいなものなのに」
「気にしないで食べてよ、冷めたらおいしくないし!ほら箸!」

先に来た普通の醤油ラーメンのどんぶりと愛美に渡された箸を眺め、隼斗と誠司は苦笑しながら箸をきちんと持ち直した。どうやらラーメン女王には逆らえないようだ。

「いただきますぞ、ラーメン女王まなみ」
「それじゃお先に。ラーメン女王まなみ」
「なんかそれヤダ」
「あ、来たよ大盛り。いただきます、ラーメン女王まなみ」
「ちょっと、みんなして!」
「冷めたらおいしくないよ?」
「誠司!言い出しっぺのくせに…もう知らない!」

よく考えてみるとこの4人で外食するのは初めてで、みんなは浮かれていたのかもしれない。食べはじめると普段より声を大きくして喋ったり笑ったりした。出会って1ヶ月も経たないうちにここまで仲良くなるとは誰も予想していなかっただろう。美穂の言った通り、いい友達を持ったようだ。隼斗は思わず笑みがこぼれた。

「あ、隼斗が笑ってる」
「ホントだ」
「え?なんでもないよ」
「嘘だ!そんなかわいく笑ってさ」
「あっかんべー」
「わっ、出た吉村くんのあっかんべー攻撃!」
「攻撃じゃないしー」

バカやって笑うことが楽しくて幸せに思えたのは初めてかもしれない、と隼斗は密かに思った。ネットアイドルという別の顔を忘れられる、貴重な時間がこの仲間との中にあったのだ。隼斗にとって、ここはとても居心地が良い場所になっていた。


『ももみや☆ブログ』
最新記事:放課後(。・_・。)ノ

今日は放課後に友達と遊んだよ(。・o・。)
楽しかったなあ…
友達と過ごすのって、すごく楽しいことなんだね!
みんなが知ってるももはネットの中にいるから、リアルの友達と遊んだ話はイヤかな?
それでも、ももにはリアルがあることを忘れないでください。
みんなのももはネットの中、みんなの側にいるからね(o・ω・o)♪





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