短編集(BASARA)

□心まで・・・
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「愛してる。」

あなたは私をいつも置いていく。
今日もそう。
私を一人にして、城下町へ。

「おまえの目は綺麗だ。」

そうやって名前を呼ばない。
ずるい。あなたは。

「元親様。もう遅いですよ。おやすみになられては?」
「つれねぇな。」

月を見上げる私の髪を弄ぶ。
愛のない政略結婚。
わかってはいたが、虚しいものだ。

「おまえは俺を愛していないのか?」
「わかりません。私には愛というものが。」

私は嘘をつく。
一目見たときに恋して、結婚して愛している、というのに。
すべてはそう、彼のせいにして。
「元親様こそ、私を本当に愛してらっしゃるのですか?」
「…あぁ。」

僅かな間。
一瞬で私は聞かなければよかったと後悔する。

「嘘つき…」

小さく、小さく呟く。
私もあなたも嘘つき。

「…もういいです。」

私は彼から目を背ける。
顔を見るなんて論外だ。
今、彼の顔を見てしまったら絶対に泣いてしまう。
なぜ、愛してくれないのに娶ったのか、と、彼を責めてしまう。
無言で立ち上がる私を彼はいつも止めない。
しかし、

「待てよ。」

今日は違った。
夜着の袂を掴まれる。
私は振り返らない。

「なんでしょ
う?まだ何かおありで?」
「帰りてぇか?毛利の所に。」

彼の言葉に私は愕然とした。
そこまで私が不必要だとは思ってなかった。

「…元親様は私に実家に帰って欲しいのですね。わかりましたわ。お兄様に連絡しましょう。元親様との離縁を認めるように。」

涙をこらえるのに必死だった。
振り向けない。
なのに彼の手は袂を離さない。

「誰と誰が離縁だと?」
「私と元親様です。元親様がお望みだと言えばお兄様も…」
「…おめぇは離縁したいのか?」
静かな彼の声に私は怒りをあらわにした。

「そんなわけないじゃないですか!私は元親様を慕って…」

振り返って怒鳴った私はハッと口をつぐんだ。
彼に抱きしめられたからだ。

「帰るな。離縁なんて言うんじゃねぇ。」

あまりのことに私は驚きで言葉が出なかった。

「お願いだ。帰るな…帰らないでくれ…」

懇願するような彼の声に私は無言で涙を零し、彼の体に腕を回した。

「わ…私だって…帰りたくない…です…っ…せっかく…元親様に…娶って…いただけたの…ですからっ…」

しゃくり上げながら言う私を彼は強く抱きしめた。

「好き…なんです…初めて…見た…ときから…元親…様…が…好き…な
んです…っ」
「泣くな…泣くなよ…。俺もだ。初めておまえを見たときからおまえを娶らせろと毛利に言いつづけてたんだ。ようやく…ようやく心まで手に入れた。」

彼の言葉に意思とは反して涙が溢れる。
彼が困ったように笑う。

「泣くなよ。」
「だって…」

苦笑した彼の顔が近づいてきたと思ったら、一瞬、唇になにかがふれた。
思わず涙も引っ込む。

「ようやく泣き止んだ。」

彼が笑顔になる。
私も笑みを浮かべる。

「愛してます…愛してるんです、元親様。」
「俺もだ。   」

初めて、彼が名前を呼んでくれた。
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